甘熟甘懐。

カード(1/7)

俺にはあこがれているガンスリンガーがいる。

「余命三ヶ月なんだって。二十九年もよく持ったなぁってなもんだけどねぇ。」

あこがれてるなんてもんじゃないね。
きっと好きだね。
男同士なんてものは飛び越えてるのがすごい。

「もう体もうまく動かなくってさー。参っちゃうよね。」

すごいって言うか自分きもい。

「あのね。アイツといっこ、約束してることがあんの。」

わかってたじゃないか。長くないってこと。
わかってたじゃないか。友達以上の愛情を向けてはくれないってこと。

「誕生日にもらったウィローカード。裏にさ、その約束が書いてあるんだけど。」

いろんな思いでぐちゃぐちゃになって、ただ立ち尽くすしか術のない俺に。
ペラペラといつもの口調で、でもいつもの覇気は感じられないトーンで、オッサンは。

「ごめんね。これアイツに渡してきてくれないかな。で、“帰ってきて。”って言ってきてほしい。」

いつものにっこり笑顔で、そう言った。


っていうかさー。
俺がアイツさんを探しに行くのは強制なわけ? いや、行くけど。
初めて見せられて渡されたカードには「いっこだけいうことをきく。」なんてヘタクソなガキの字で書いてあるわけですが。
ようはこの効果を発動させて、自分が死ぬ前に戻ってきてほしい。一目会いたいってこったろ。
これがないと帰ってこないのか? 相方が死にそうだってのに?
理解できねえな。

俺は駆け出しのハンター。オッサンはオーラも間近な凄腕のガンスリンガー。
よくある話で、出会いはアーチャー時代、モンスターに襲われていたところを助けてもらった…ってのがきっかけなんだけど。
十歳以上離れているし、てんでガキ扱いなのは転職を果たした後でも変わらず、俺の思いは膨らむばかりでどうしようもない。
これが、キレイな嫁さんがいるとかなら諦めもつくんだが、オッサンがスキな人はこれまた男の人で。
ノービス時代から仲良くしてる相方さん。
昔から季節によって体調を崩すことが多く、フェイヨンから長く離れられないオッサンに、たまに帰ってきては遠く新しい街の話を面白おかしく聞かせてくれるそう。
はい。話だけ聞くとすごくいい人です。
非の打ちどころがない感じ。
悔ちい。

「つっても最近は全然会ってなかったみたいなんだよな…。」

俺だってそれなりに長い付き合いだが、一度も鉢合わせしたことがない。
不思議に思って聞いたら、どうやら冒険の傍らギルドの仕事を任されているそうで。
レベルが上がるにつれて立場も変わっていくのか、なかなか帰ってこれない日が続いているそうな。

「どうしたんですか?」

おっと、考えていたことが口に出ていたらしい。
首をかしげて振り向いたシーフ君に、なんでもないと手を振る。
大きな目をぱちくりさせて、納得していない顔だが前を向いて歩きだしたので俺も後を追う。

冒険者ってのは、パーティーでも組んでいない限り所在をつかめないことの方が多い。
三ヶ月しか猶予がない俺はどうしたものかと焦ったが、よくよく考えてみりゃーギルド員をやってるって情報があるじゃないか。
追い返されはしないだろうが、こんなピカピカのハンター一年生がおいそれと入れる場所じゃない。…んだが、そこはほら。

「それじゃー行ってきますね! なるべく早く終わらせますから。待っててくださいよ?」
「ん。」

転職志望のシーフ君の付き添いでって形なら、怪しまれずに潜入できちゃうわけですよ。ギルド砦にね。
俺ってあったまいー。

ほんの数日しか一緒にいないわけだが、妙になついてくれたシーフ君を送り出して一息。
暇だなーなんて呟きながらぐるっと辺りを見回す。

埃っぽいモロク砂漠の地下に造られたギルドは、やはり埃っぽくて薄暗い。
でもそこかしこに人がいて、わいわいとにぎやかに談笑している。
思ったより居心地が良さそうだ。
そらそうだよなー。ギルド員だって人の子。職業で性格が決まるわけじゃなし。
これならわりと聞き込みも容易そうだ。
よかったー。

ポケットをごそごそあさる。出てきたのは先ほど説明しましたカードと、一枚の写真。
オッサンとアイツさんが二人仲良くにーって笑ってるスクリーンショット。
都合良くばったり会えちゃったーなんてことになればいいんだけど、そうもいかないだろう。
だから借りてきたんですよ。なんか騎士団の聞き込みみたいだよな! この方ご存知ないですかってな感じで。

「十五年前? あーそりゃーちょっとわからないなぁ。」

難点と言えば、笑顔の二人がちっとばかし幼いこと。アイツさんはしかもこの後転職もしてるもんだから、さらにわからない。
オッサン曰く写真が嫌いな人なんだそうで。ちゃんと顔がわかるのはこれしかないやーってさ。
隠し撮りしたやつとか本人に見られちゃったらやばいっしょっておい。見つかって説教かまされてしまえ、おまえはストーカーか。

「そうねえ。ぱっと思いつかないわぁ。」
「そうっすよね…。すいません。ありがとうございます。」

いえいえこちらこそごめんなさいねーなんて本日六人目のお姉さんにフられてしまった。
やっぱこれじゃしんどいのかなぁ。
まぁ最初に感じた通り、睨まれたりしないでにこやかに皆さん対応してくれるので、全員に聞いて回ってダメならまた考えよう。
シーフ君は意外と器用になんでもこなせる弓型だったからなぁ。試験もすぐ終わっちゃうかもしれないし急ご。

「…。」
「えー誰だろー?」
「アタシもわかんないわ。」

両腕を両側からむぎゅっとされたお兄さんが、俺の渡した写真をガン見しながら眉根を寄せている。
何も言わないよー怖いよー。十八人目にしてやっと職業イメージ通りの人に会えたと思えばそうなんだけど。
まわりのお姉さんが陽気そうなのがまだ救いだ。
なんか頭なでられてるし。
やめてくださいよ、俺免疫ないのに。

何気なく眺めていたら、ピッとすごい勢いで写真が飛んできた。
一応これでも素早さには自信がある職業なので、そこら辺の意地でなんとかキャッチした。
親指の付け根がちょっと切れました。痛いっす。
意図が読めなくてお兄さんを見ると、俺の質問には一切答える気がないようで、ケータイを取り出してぴっぴこやり始めた。
それを耳にあてて、しばらくすると口をもごもご動かしだす。耳打ちか。
ここは引けってことですか。
ハーレムの邪魔してごめんなさい。
うう、これだから大人って怖い。

お姉さんたちもよくわかってないって表情だったので、一応挨拶をして踵を返す。
苦笑され手を振られ。
なんだか次の聞き込みをする気力がなくなってしまった。
今日はここまでにしようかな…。
シーフ君まだかなぁ。

「早かったな。」
「近くにいましたから。」

そりゃー誰もわからないよ。
だって俺前提に“今はローグに転職してるはずなんですけど…。”って言ってたんだもん。

「君ですか?」

振りかえった先に、そびえるようなでかい体。俺より頭一つは確実にでかい。
さらさらの金髪の奥、左側の額から眦にかけての古いが深そうな傷跡。濃い緋色の瞳。
写真の面影が…ちゃんと残っている。
でもさ、でもさ?
オッサンが楽しそうに愛おしそうに「かっこよくて可愛くて。」ってデレデレしながら話してくれたアイツさんは、こう赤くて、にこにこしてて、気の良さそうな兄ちゃんで…。

「僕に何か用事があるっていうのは。」

おおおおおおおい!!!
こんな神経質そうなインテリチェイサーだなんて聞いてないよ!!
めっさ睨まれてるんですけど!
なんですか。俺何か気に障る事しましたか。探されるの嫌でしたか。
ソファにでんと鎮座している十八人目のローグさんより確実におっかないよ!

殴られる蹴られる殺されるううう。
オッサン頼むよ助けてえええええっ!

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