甘熟甘懐。

おててつないで(1/2)

ウルフ先生…デートがしたいです…。


ただいまフェイヨン迷いの森にてウルフたちと戯れています。
ええわかっていますよー。いくら俺がレベルの低いハンターと言えど、ぬるい狩り場であることは百も承知でございます。
違うんだ。今日はちょっと試し狩りにきただけで。
ポリンでもポポリンでも、相手になってくれりゃーなんでもよかったんです。

「やっぱ中型かなぁ。」

にへにへしながら、確認するよう撫でながら眺めてしまう。
スロットの四つ開いた、真新しいコンポジットボウ。
過剰に精錬してあって、普段の俺では絶対に手が出ない品であることは間違いない。だからもちろん、購入したわけではない。
カードは自分で買えと言われて、ぽいと投げ渡された時は何が起こったのか一瞬理解できなかった。
目を見開いて目の前の人物とずしりと重い弓とを交互に見比べる俺に、オッサンは頬をかきながら言ってくれたんだ。

『二ヶ月遅れたけど。成人おめでと。』

思わず聞いたよ。オッサンついに自称だった余命が本当になってしまったのかって。
冷たい目で睨まれたけど。頭つかまれてそのまま持ち上げられそうになったけど。
だってイレギュラー過ぎたんだもの。信じられなかったんだもの。俺の気持ちも察してください。

そもそも誕生日なんか祝ってもらったことなかったし、知らないんだとばかり思ってたし。
自分からくれと強請れるほど、心を開いてくれているとは思ってなかったし、同じだけ恩返しできるかと言われると不可能だったし。
もう十何年、ただ歳を一つずつとっていくだけの、ただ過ぎ去っていくだけの日付だったのに。
生まれて初めて、父さん以外からきちんとお祝いしてもらった。
嬉しすぎて感動しすぎて、滝のように涙が出たのは言うまでもない。
二ヶ月遅れたってのがまたオッサンらしくてね。
でも武器精錬なんか自力じゃできないし。わざわざ露店で探してくれたんだろうか。知り合いに頼んでくれたのかな。
あうーどうしよう、マジで嬉しい!

「炭坑こもろうかなー。」

まわりにいたウルフをすべて倒し終えてしまって。ふっと一息ついたら興奮状態が少し治まってきた。
ぐるりと見渡して、ちょうどいいところに段差を見つけたので腰を下ろすことにする。
がちゃがちゃ矢筒を外し、弓はその隣にそっと並べる。新品ってこう、大事にしなきゃーって扱いが慎重になるよね。
しっかしスケワカかー。あそこ暗くて迷子になるから苦手なんだけどな…。
マップ見ながらじわじわ進めば大丈夫かなー。
あ、蝶の羽忘れないようにしないと。絶対出口に辿りつけない…。

両手を後ろについて、空を仰ぐ。
雨の後の空気は水分を含んでいて、すっと息を吸い込むと濡れた若葉の匂いがする。
フェイヨン特有のこの気候が、何より好きだ。
ここでならずうっと座っていられる。流れるだけの雲をずうっと眺めていられる。
危険なモンスターもいないことだし、このままごろんと寝転がってしまおうかな。
ほらそこでウルフ先生も気持ちよさそうに寝ていることだし。
ふああっと欠伸まで出ちゃったし。

「ねね。あっちにしよう!」

とろんと瞼が降り始めてきたところに、突然大きな声が飛び込んできた。
思わず跳ね起きて弓を掴んでいつでも走りだせるようポーズを決めてしまう。
あ、いや別に怪しい気配がするわけじゃないんだ。
弾んだ足音が二つばかし聞こえるだけで。

程無くして視界に現れたのは、ふあふあのスカートを翻して、ぽてぽて擬音を響かせかけてくるアコたんだった。
くりんくりんの目が愛らしい。
転職したてなのか制服はまだ新しく、大きめのバスケットを少々重そうにぶら下げている。
俺がさっきまでいた場所で一度立ち止まり、振り返って早く早くーなんて言ってる。
女の子は可愛いなぁ。
次に登場したのは、急かされでも辺りを警戒しながら近づいてくる剣士君。
太めの眉が凛々しいなかなかの男前だ。
ひゅーひゅー! 一次職かっぽーですか。いいですねい。
お弁当持ってピクニック気分ですか。それってデートってやつですよね。

「いいなぁ…。」

茂みからひょっこり顔を覗かせて、二人仲良く腰掛けた背中を見つめる。
いや、なんか咄嗟に隠れちゃってだね。
ハエなんて持ってるわけなくて、こう…出るに出られなくなったというかですね。
こういうときローグっていいよなーって思う。
トンドルありゃー涼しい顔して隣を通り過ぎられるのに。
何事もなかったかのように、この場を速やかに離れられるのに。

「はい。あーん!」
「なっ…やめろよ。恥ずかしいだろ…。」
「えー? 誰も見てないよう?」

それもそうだなって一瞬ためらったふうだった剣士君はあっさり口を開けた。
厚く巻かれた卵焼きがその中へ消え、咀嚼される。
それアコたんの手作り弁当なんですかー? いいな美味そうだなー俺も食べたい。
赤くなってぼそぼそ呟いたものだからこっちには聞こえなかったんだが、どうやらアコたんの表情から察するに、剣士君は美味いよみたいな台詞を囁いたらしい。
あー若いっていいなー。青春ってやつですね。しかも王道カップルってやつじゃーないですか? とってもお似合いです。
まぁ俺がお似合いって言われたいのは、ぽわぽわ甘い匂いのしそうなアコたんではなく、ごっつい体の強面チェイサーですけどね~。
王道なんかとは遠くかけ離れた位置にいますけどね~。それどころか男同士ですからね~。

うふふふふ。んでもって、ごめんなさいね。
誰も見てないように見せかけて、若干一名ここから覗いております~。

「くうん。」

あぁ違ったね。ウルフ先生も一緒だったね。うん。咄嗟に抱きあげて一緒に隠れちゃったんだったね。
昼寝の邪魔してごめんね…。
怒るでもなくぱたぱた尻尾を振り振りこちらを見上げるので撫でてやる。
先生ってしゃべらなかったっけー? いや俺話しかけたの初めてだから知らないんだけど。
クエやってないときはちゃんとウルフやってるのかね。どうみても子デザだけどさ。

「楽しそうだな…。」

笑い声が聞こえる。
ばしばし背中を叩き叩かれて、照れて微笑んでくっついたり離れたり。
とても幸せそうで、眩しくて。
さっきまで俺だってるんるん気分で狩りしてたはずなのに。
なんだかとっても寂しくて…。
なんか…コウさんに会いたくなってきた。

「ウルフ先生、またな。ばいばい。」

腹がいっぱいになったのか、荷物を片づけた二人は仲良く手をつないで森の中へ消えていった。
一次職にとってウルフは経験値のバランスがいいらしいので、きっと今頃ペア狩りでもしているんだろう。
俺もそろそろ立ちあがろう。
でもなんだかこのまま一人ではいたくなくて。
今日はもう帰ろう。
まだ仕事中だろうから、帰ったからと言ってすぐに会えるわけじゃないんだけど。
あの、にぎやかなローグギルドが、無性に恋しくなった。


扉の前で深呼吸。
それでも脈はどくどくとうるさくて。何度吸って吐いてを繰り返しても落ちついてくれそうになかった。
いや、今更何緊張してんだかって言われたらそうなんだけど!
なんだか、この扉の向こうは…まだ俺にとっては許可なく入ってはいけない場所であるらしい。
うんまぁ…その、勝手に入ったこと、あるんだけどさ。バレたこともあるんだけど。
こんなこと言ったら苦笑されるんだろうけど…。その、まだ、素直に…コウさんに甘えられないんだ。
雰囲気で察してもらって、甘やかしてもらって、それを精神安定剤にしてる状態なんです…。
うん。情けないのはわかってる。でも、どうにもならないことって、あるじゃない!?

「どうぞ。開いてますよ。」

ノックしただけでも俺だとわかるらしく、返答にはやや笑いの成分が含まれていた。
まさか扉の前で数分間右往左往してたのまでバレてねえよな!?
…。
バレてますかね。
なんでバレてるんですかね。

そうっと開いた部屋の奥、珍しく机に向かって何やら書き物をしている後ろ姿が見えた。
ええええっとこれはまだ仕事中ってことですかね?
のー! しっかり邪魔してるじゃないの俺!
ダメダメ。せっかく何事もなくギルドに戻れたみたいなのに、また迷惑かけるなんてダメ!

「どこへ行くんです?」

…難しいことはわからないし、詳しくは教えてもらえなかったけど…何事も、なかったんだよな…?
俺、ここにいて、いいんだよな?

「や、大したことじゃないから…また後で。」

そのまま退散しようと扉を閉めようとした俺を振り返って、にっこり笑う。
やっべーなんか知らねえけど、涙でそう…。
心の中全部見透かされてるみたいで、でも嫌とかじゃなくて、むしろ嬉しくて。
仕事中だろうに、忙しいだろうに。
この流れなら、抱きしめてもらえるんじゃないか、キスがもらえるんじゃないかって、期待して緋色の目をじっと見つめてしまう。
望むばかりで何も与えてあげられないのに。
それどころか足を引っ張ってばかりなのに。
コウさんは、こんなわがままで泣き虫な俺の、どこを好いてくれているんだろう。

「何かあったんですか?」

静かな声が不思議そうに問うてきて。
それが呼び水になってしまったのか、喉の奥から嗚咽が漏れてきた。
止まらない。止まらない。自分でも原因不明の涙が出る。

「…っふ。く…ふぇっ…。」
「ケイ? おいで。」

優しく両手を広げるくれるものだから、たまらず小走りになって寄って行く。
抱きつくとか…そんなの恥ずかしくてできないから。
ファーを握って、少し離れたところで抱き寄せられるのを待つ。
ここまできて何遠慮してんだ俺! って思うけど…。
ダメなんだ。
ここまできても、調子に乗るなって、誰が触れていいと言ったって、冷たい目で見下される未来を想像してしまう。
そんなことはないって、わかってるのに。
後から後から涙があふれてくる。

愛されている、自信がない…。

「えっく…。」

膝の上に乗せられて、触れるだけのキスが降ってきた。
頬を伝う水を熱い唇が丁寧に拭っていく。
嬉しいはずなのに止まらなくて。
だから、コウさんはすごく困った顔をしている。
コウさんの所為じゃないのに。俺が勝手に不安になってるだけなのに。
誤解を解かなくては。何か言わなくては。

「ん、く、ふっぇ…っく。ちが、っあ…の……っ。」
「わかってます。まずはゆっくり落ちつきなさい。」

優しく、優しく、言い聞かせるように。
何度も、何度も、頭を撫でてくれる。

「っひく……じゃ…まし…。」
「邪魔なら部屋へ入れませんよ。君ならいつでも大歓迎です。」

色が変わってしまうくらい、制服に涙を吸わせてしまった。
少し落ちついてから、その事実に思い至って、うあぁもう俺何やってんだほんとって、穴に埋まりたくなった。
見計らったように、深いキスにからめとられる。
でも鼻で息ができるまでには回復していなくて。
苦しくなってばたばた暴れたら、意外と簡単に離れていった。
変わりに今度はぎゅってしてくれる。

「今日、オッサンとこ…行ったんだ。」

ずびーと鼻を啜りあげてから、広い背中に腕を回して、負けじと抱き返す。
少しだけ余裕が戻ってきて、肩口に甘えて擦り寄りながらここへ来た目的をぽつりぽつり語りだす。
泣いてぼうっとした頭で考え、発言したので、返されたコウさんの言葉に、少々の含みがあることに気がつかなかった。

「……ほう。アノヒトのところに。」
「うん。急に呼ばれて…弓、くれるって…。」
「弓を?」

冷静になって思えば、今この状況でオッサンの名前を出すのは、タブーなのに。
ああ、俺の馬鹿! 考えなし! へたれ! 甲斐性なし! いやでもそれって半分くらい今関係ない!

「うん。誕生日だからって…二ヶ月遅れだったけど、くれた。」
「二ヶ月遅れ。」
「うん。」

瞼が重くなってきた。
散々泣いて眠くなるとかガキか俺は。
ただちょうどいいところに支えてくれる体がいて、暖かくていい匂いで。
寝るなと言う方が無茶だと思わないか。むしろ最高のベッドだと俺は思うぞ。
今日、ここで寝たらダメかなぁ…。まだ仕事残ってるだろうから、迷惑になるよなぁ。

深く考えずに、したいと感じたまま、額を胸へ擦りつける。
撫でられるに任せてコウさんの心音を聞いていると、いきなり視界がぐらりと傾いた。
続いて背中にぼふっと柔らかい、慣れた感触。
…。
ん?
柔らかい?

「って、何!?」
「何? じゃないですよ。抱きつぶされたいんですよね?」

いやいやいやいや!
何普通に押し倒してますか!
何で急に不機嫌なんですか!

「酷くされたい気分なら素直にそう言えばいいんです。」

酷っ…!?
って何の話いいい?!
ばっちり目が覚めましたよこんちくしょう!
今までの甘い雰囲気返せエエエエエ!

アアアでもよく考えたら、肝心な部分をちっとも話せてねえええ!
待って待って、今話すから。落ちついて、ねえ落ちついてくださいよ!
オッサンの話したかったわけじゃないんだって、それは前提だよ! 本題はここからなんだって!

「ちょ、まっ…ぁ。」
「わざわざ怒らせるようなことを言って…。別に僕は構いませんけど、今度からはもう少し誘い方を考えてくださいね。」

ええい服を捲るな腹を撫でるなあああ!
なんだ誘うって、俺がいつ誘った。
あ、いや、確かにそういう気分だったよ?
あわよくばその温かい腕の中で眠れないかしらなんて乙女な期待してここまで来ましたよ?
でもねでもね、それはこう、ムード満点な感じでね?
シラフじゃちょっと恥ずかしいっくらいの甘い空気の中でね?
見つめ合って微笑み合ってーみたいなね?

あ、あのさ。明日休みだろ? その、デート…してほしいんだけど。
デートですか? また急ですね。
あ、いや、嫌なら無理にとは……。
嫌なわけないじゃないですか。二人で景色のいいところに行きましょう。

こんなね? こんな自然な流れでね?
こう俺らってそういうのないじゃん? 一次職カップルが羨ましかったんだー。そんで、なんかちょっと寂しく悲しくなってね。
別に何があったわけじゃ、ないんだけど。泣いちゃったんだ。驚いたろ? ごめんな。
なんだそうだったんですか。いきなりで吃驚してしまいましたよ。

って人が段取り再確認してるところで赤い跡を点々とつけるなああああ!

「待てって! あっ…まだ、話終わってな…ぅんっ。」

口が完全に塞がれて、もがもがやるけど、ダメだ。
これはもう、一回落ちつかせないと、止まらない。思ったより本気で怒ってるこの人…。

欲を言えば、ちゃんと全部伝えて、オッケーもらって。
それからこうなりたかったんだけど…。
嬉しくないわけがない。拒否したいわけじゃない。
…だからいいや。
全部委ねてしまおう。

ちょこっと乱暴だけど、でも、とても優しい愛に。

何も考えずに、今は。
大人しく包まれていよう。

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