甘熟甘懐。

ハロウィン2010

ふいと暗闇で目が覚める。
確かにここはローグギルド寮のベッドの上だけれど、はて俺は一体何してたんだろう。
覚醒した自覚があるんだから、まぁとりあえずは寝てたんだろうけど。
しばらく瞬きをして、自分の状況を整理する。
…あぁそうだ。
狩りの途中でなんかすげー眠くなって。帰ってきて早々昼寝を始めたんだった。
久しぶりにこんな時間に寝たなぁ。この暗さは夕方というより夜に近い。
でも起こされなかったところを見ると夕食はまだらしい。
一体何時間寝てたんだろう。

未だ重い瞼と格闘しつつ、ベッドから下りる。
部屋の扉を開けると、何やらわいわいと騒がしい声が聞こえてきた。
なんだなんだ。いつも夕食前は一際賑やかだけど、今日は爆笑する声まで聞こえてくる。
なんかあったのか?
っとまぁいいや、マーマさんが夕飯の準備してるかもしんない。なんか手伝わねば。

不思議に思いつつ寮の階段を下る。
欠伸が出る出る。まだ眠いなぁ。寝足りねー。

「とりぃぃぃっくおあとりぃぃぃと!!!」
「ぶっ!」

目をこすりこすり共用リビングへと続く扉をあけたところで視界が真っ白に染まる。
吃驚して固まった俺を見てか、さらに笑い声のボリュームが上がった気がする。
ってえええなんだなんだ!
なんかが顔に体にまとわりつくっ! 前が見えねえええ。

「ぎゃはははは! ケイ似合うじゃねーか!」
「似合…?」

聞き慣れた声に囲まれてる。思った以上の人数がいるようだ。いつもならここで鶴の一声が飛んでくるわけだが、それもないのでまだ帰ってないんだろう。今日は遅くなるけど必ず帰ってくるって言ってたのにな…。
まぁ戻っているなら放って置かれずに起こされてるはずだけど。

んー。なんだかわからんが、すごく大きな薄い白い布で覆われているらしい。
とりあえず手を外へ出すことに成功したので、適当なところを掴んでどうにか顔を出そうと首を振る。
この手触り、この色…は、シーツか?
じたばたもがくうちに何者かに手を引かれ、吃驚する間もなく次の瞬間には視界を奪う物が何もなくなっていた。
急に開け眩しくなった目を細める。俺を見てニヤニヤするローグさんが、ひーふーみー…ええっとたくさん!
代表した感じで、先ほどシーツをかぶせてきたであろう、目の前のローグさんが満面の笑みで言う。

「さ、それかぶって行くぞ。」

行くってどこへ!?


あぁうん俺ここ知ってるぅ。
コモドフィールド、ファロス燈台島。石造りの建物の隙間、隠されるようにぽっかり開いた穴。
アイツさんと…コウさんと初めて出会った場所。コウさんの職場でもある、ローグギルド。
久しぶりにきた。

「その、だって、俺部外者だし…!」
「それかぶってりゃバレねーって。」

そらーこんな全身すっぽりウィスパーマンだったら俺だってハンターだってわかんねーだろうけどっ!
嫌がって後ずさる俺の腕を掴み、紫色の髪をしたローグさんが笑う。
ずるずると引きずられるがまま階段を下ろされていく。
ノー! 待って待って! 心の準備がっ…。

ていうか、この黒く透けて見えるのは目なのか口なのか。確かに頭から全身かぶってるはずなのに、わりとしっかり前が見えるんだけど。
なんか特殊加工してあんのか。ただのシーツじゃねえの? ハロウィン用なのかこの衣装…。
そのわりには動きにくいことこの上ない。
あーあーあー本当に久しぶりだなぁローグギルド。この張りつめた緊張感もなつかしいなぁ。職業ギルドなんだから当たり前でしょうけど。
しかしよかった中は相変わらず賑やかで優しい雰囲気。こんなウエルカムでいいのかローグギルド。
今日も今日とてやはり皆さん忙しそうだ。

「「「とりっくおあとりーと!」」」

下りきったところで、ここまでやってきたパーティーメンバー全員で声をかける。
俺以外には、さっき誘ってくれたローグさんと、俺を引っ張って歩いてたローグさん。あとは説明を端折って男も女も全員で六人。
見たことない顔ぶれもいたから、別の寮とか近所の子たちを集めてきたらしい。
みんな楽しそうに仮装して小さなカゴ下げてワクテカしてるのは可愛いんだけどさ。
可愛いんだけど!
おまえら全員転職したての十代の若者だろうっ…! 俺はもう成人してんだって! こんなんで目一杯はしゃげる歳じゃねえの!
がおーとかぎゃーとか言えない。見た目童顔でも中身は人見知りで暗いそれなりに落ちついた大人ですから。

…今えって一瞬耳を疑ったやつ正直に手をあげろ。

「おっ、きたな?」
「仕事があっからいたずらは勘弁なー。ほいチョコ。」
「うわーありがとー!」

恒例行事なのか、大人なローグさんたちは目を細めて頭を撫で、慣れたふうに全員のカゴにたくさんの菓子を投げ入れてくれる。
俺もついでに撫でてもらって、自分で赤面するのがわかって、ウィスパーマンで…顔に布かぶっててよかったなって、思った。
でも俺の目の前で立ち止まったローグさんが、菓子を持ったまま固まってしまった。
ええと、と混乱したふうに俺を見る。
そうなんだ。腕を出したら、ちらりと見える制服でバレるかもしれないから、ギルドへ着いてからは手が出せていない。
当然カゴも持ってないので、菓子はもらえないんだ。
いやまぁ俺ひっついてきただけだし。菓子がほしいわけじゃないんだ。そんな困らないでローグさん俺もどうしたらいいの!

「あっ、この子の分はこのカゴね!」
「はいはい了解~。」

隣にいた女ローグさん、今日はバースリーみたいな格好で箒を持っている彼女が、もう一つカゴを持ち上げて見せた。
えええ! ちゃんと俺の分も用意してくれてたのか。ううん…照れくさくて申し訳ない。
そのカゴも、俺が下を向いている間にどんどん山盛りになっていった。
こんなもらっていいのか。他にたくさんチビがくるだろうに。なくなっちゃわないかな…。
手を振って受付あたりにいたローグさんたちと別れる。

こんな奥まで部屋があるのか。
慣れたふうにずんずん進んでいくチビたちに続く。いやまぁこの際俺が一番チビだってのは置いておいて。
勝手に扉をあけ、道場破りのように声をかけ、苦笑されて菓子をもらう。
ガキの頃だってこんなことしてこなかったのに…まさかこの歳になって経験することになろうとは。
でもちょっと楽しい。
俺も単純だなぁ。

「一番奥まできちゃったなー。」
「あっ、そこだけはやめとけ!」

一つ前に構ってくれた男ローグさんが声を上げる。
狼男が掴んだドアノブを抑えて、ダメだと首を振っている。
なんだなんだ?

「今殺気立ってっから。殺されるぞ。」
「へへ。今日はお祭りだぜ!」
「モンスターな私たちに敵はいないのよっ。」
「そう、俺たちは臆しないのだ!」

ぱっと手を払いのけ、六人全員で胸を張る。俺もなんとなく隣に並んでいるので、見上げる。
ってちょい待てよ。お祭りだからって大人はふつーに仕事してんだから!
邪魔しないでおこうぜ?
ほらだっておっかないローグさんだってうじゃうじゃいるわけだから!
ハラハラ見守る俺を尻目に、ニヤリと全員が嫌な予感のする笑い方をする。こええ…さすが幼くともローグ…。

「ってなわけで。」
「「「とりいいっくおあとりいいいいと!」」」
「お菓子くんなきゃいたずらすんぜー!」

あぁもう俺知らね。
そんな感じで忠告してくれた大人のローグさんが持ち場へ戻る。
チビっこたちが飛び込んだ部屋の奥。
ああ、俺も続いたさ。だってこいつらほっとけねーし! 何この保護者気分。
一歩入った途端、息苦しさに目を見開く。
まるでここだけ、異空間のよう…。
黒いけむりのような靄があたりに撒き散らされ、それが一部分でより濃くなっているのがわかる。
その中心にいる根源と思われる物体が、ギギギっと意味ありげな音を立てて椅子を回転させ…?
ってあるぇ。なんかこのシチュ見たことあるぞぉ?

「できるものなら…やってみますか?」

にっこり表情は微笑んでいるのに!
部屋の空気と噴射されるオーラが黒い黒すぎる!
そういやいねえなと思ってたら、こんなとこにいらっさったのね…。
しかも何なのすげー機嫌悪い…。

思わず引いたチビっこたち。俺も一緒に引く。
こりゃあ菓子がもらえる雰囲気じゃねえだろ。引き返そう。コウさんだって鬼じゃねえから。うん。捕まって殺されたりしねーって。
たぶん。

「あのチェイサーは菓子をくれないそうだぞ。」
「ノリが悪いな。」

いつの間にやら俺を除いた円陣ができあがり、ヒソヒソと作戦会議をしている。
っちょ! 俺は? 俺は仲間はずれなの?
なんだよ今まで付き合ってやったのに薄情だな!
…って何一人で興奮してんだ俺。ノリノリじゃねえかばかす。

「仕方ねえ。」
「そんな時のために、秘密兵器!」

さらっと俺を無視してくれちゃっていたチビっこたちが一斉にこちらを向く。
バッという効果音が一番しっくりくる、やたら統制のとれた動きだった。
なんだなんだ。作戦ビーとか言っちゃうわけか。そんなシナリオ聞いてないけど!

「「「行け!ウィスパーマン! 菓子をくれなきゃいたずらだああああ!」」」

おー!!

……。
ってえええええええ!?
ウィスパーマンってこの場には…俺一人なんですけど。
待って待って。じゃあ、じゃあ?
俺まさかこのために呼ばれたのおおお!!?

「あっ、アラン!とりっくおあとりーと!」
「菓子よこせー!」

俺がシーツの向こうであんぐり口を開けていたら、気を取り直したチビどもが次のターゲットへ向けて駆けていく。
あああ待ってひどいあんな怖いのと二人にしないでっ。
いくらウィスパーマンだってあれには臆しますって。あの人が籠ってた狩り場のモンスターに同情するぜ…。
ああうう。それに俺仕事中のコウさん邪魔したくない。
正体わかったら、何勝手にきてるんだっつって絶対怒られるって!
こんな秘密兵器じゃ対抗できませんぜ。作戦失敗だろうこれ!

「ケイ。」
「ふえっ?」

どうしたらいいのか迷ってあわあわしていると、鋭い声が俺の名を呼んだ。
恐る恐るそちらを見やると、眉根に皺を刻んだコウさんがこちらを睨んでいる。

「なんで…バレてる。」
「わからないわけないでしょう。」

心外だと言わんばかりに肩をすくめられ、それによって少し表情がやわらいだことにほっとする。
あれ。怒って、ないのかな?
別に会えてなかったから会いたかったからきたわけじゃない。
いや、誘われた時から、もしかしたらチラッと仕事してるとこ見られないかなーって、その、淡い期待はしてたんだけどっ。
俺が普段見ることは叶わない表情を、こっそり盗み見できるんじゃないかなーって、期待してきたんだけどっ。
だからこそ後ろめたかったんだけど…。怒ってない? 呆れて、ない…?

…。
ええとそうだ。
いたずら…。

中身はやっぱりいつも通りで。俺の出方を窺っているような目の前の男に、何が効果的かと考える。
でも別に何か策を練ってきたわけでもないし、短時間で名案なんか浮かばない。
もういいや。普通で行こう。

だっと駆けだし、椅子に深々と腰掛けているコウさん目掛けて突進する。
いつもなら手前で立ち止まるので、向こうもそのつもりで身を乗り出してきたのにニヤリとしてから、勢いに任せて膝に乗りあげる。
吃驚したコウさんへ、寮で俺がされたように、被っていたシーツを被らせてやった。

よくよく考えてみれば、あったかい、久しぶりのコウさんの腕の中。
安心する。
ええいこれもいたずらだと、首に巻きついてぎゅっと目を閉じる。
大きな手がぽんぽんと、俺の背中でリズムを刻む。

「可愛らしいいたずらですねぇ。」
「…他に何にも思いつかなかった。」

やんわりと腕を解かれて、頬をつかまれ唇を塞がれる。
ここは寮の自室じゃないけど。職場だしみんながいる公の場だけど。
いいんだ。今はウィスパーマンの中。
俺たち二人しか、いない。
侵入してきた舌を拒まず、向こうの動きに合わせてからめる。
俺は今モンスターだから。いつもの俺じゃないから。これはいたずらだから。積極的なんです!
別に夢中になったわけじゃない。寂しかったわけじゃーないぞっ。

「では月並みですが。菓子といたずらどちらがいいですか?」

唾液の橋がかかったまま、離れた唇が嬉しそうに笑う。
もっとと腰を抱き寄せられ、体が密着する。

「え?」

ってちょお待て! 何、人の尻撫でてくれてんだ! ぞくりときちゃっただろ! ええい正直だなぁ俺の体!
パニックになった頭で必死に菓子を探す。あああだから女チビローグさんに持たせたまんまだ俺のカゴ!
しかもあれはもらいものだから、勝手に人に横流ししちゃマズいわけで…。
ままま待って。だからここ職場だって。いや俺から飛び込んだんだけど。一応常識あるだろう? なぁコウさん!?

「奥が仮眠室になってましてね。」

だからなんだよ!
つまりそこで、ナニをしようと?
いやいやいやいやいや、だから誰がくるかわかんないって!
職場だって! 真面目にお仕事してくださいって!

シーツをかぶったそのままの格好で、ひょいと気軽に持ち上げられる。
すたすたと迷いなく歩けるのは、慣れた部屋だからか、特殊加工された目のところから様子がわかるからか。
傍から見たらでかいウィスパーがもぞもぞと移動しているように見えただろう。
いや、コウさん背ぇ高えから、シーツから足が出てるようにしか見えねえだろうけど…。
それシュールすぎねえ?

「僕しか使ってませんよ?」

っ…!

だぁから、そういう意味じゃねえ!
こんのエロチェイサーめがあああ!



―終―


あとがき。

ここまでのお付き合い、ありがとうございます。
二人にシーツをかぶせてやりたかった「カード」の続編です。
楽しんでいただけましたでしょうか。

ものすごくお待たせした上に話がワンパターンで申し訳ありません。
チビなローグにまざってチェイサーの職場に乗り込んだハンターを書きたかったんです。
なので満足ですうふふ。(ぇ
なんとか間に合って?よかったよかった!
楽しんでいただけましたら幸いです~。

 
高菱まひる
↑Page Top
inserted by FC2 system