甘熟甘懐。

お風邪と言い訳

風邪を、引きました。

なんてことはないです。いつも引いてる感じのヤツで。
ケホケホ咳をして、喉と肺が痛くて、鼻水は際限なく垂れてくるくせに、鼻の横っちょにもそいつの仲間が居座っている感じのヤツで。
瞼が半分くらいしか開かなくて。今の俺を客観的に観察したら、寝ぼけのコウさんとお揃いなんじゃないかなーって思って。
そんなこと考えてたら、なんか急に嬉しくなって、ふふふって笑ってしまって。
あー俺相当頭にキちゃってんだなぁってさらにおかしくなった。

実は引きだすと長いんですよ、俺。
元々体力に自信がないのに、胃にあんまり物が入らない体質なモノで。
そのね、風邪をやっつける的な兵隊が体内に少ないわけなんです。
まぁそんなことを言っても、これがいつものことなので、別に特筆すべきところではなかったんですよね。
暇だとね、変なね、自己分析入ったりするよね。

え、俺だけ?

…すいません。少しうとうとしました。
薄ら目を開いてもね、天井の染みしか認識できなくて。
それ以外の体の一部分でも動かすのがだるくて、両手は布団を握りしめているだけ。
あとは直立姿勢で毛布の下にいて、冷たい室温が心地よくて、そこに響く息遣いだけを聞いていた。
ハァハァ犬みたいですね俺。

今回のはちょっとマシかもしれません。
なぜかって、それはお布団が心地よいから。
毎日洗濯させてもらっていたけど、自分がこんな具合だから三日前からシーツは俺の下敷きになりっぱなしで。
何日か風呂に入ってないから、ちょっと汚い気もしたけど、でも動いてないし、外出てないし別にいいかなーって。
寮のベッドはふかふかして肌触り最高だね。プロンテラの宿の布団は硬いんですよ。
あ、オッサンところのも寝心地いいよ。でも俺そこでのんびり寝て過ごしたことないから。
今の俺がそこで寝そべってどう感じられるかは、経験してないからわかりません。

ぶぶぶって枕元で何か震えた。
だるい右手を毛布から取り出して、震える親指で折れ曲がっているそれを平らにする。
耳の部分と口の部分を間違えないようにぼんやり確認してから、こほっと一つ咳払いをする。

『はい。』
『ケイケイ? 今日はどこをほっつき歩いているの。お父さん心配でご飯も喉を通らないよ~。』

マーマさんは父さんより母さんじゃね? 飯美味いし。
じゃあやっぱり寮のボスであるコウさんが父さんだろうか。
じゃあマーマさんが母さんだったら、俺の居場所がなくなってしまうから、それは悲しいから。
じゃあコウさんは、長男ってことでいいんじゃね? たまにマーマさんに「もうだからこのぼんくら息子は~。」って言われてるし。
それなら俺、俺…ううんやっぱなんでもない。

クスクス笑っていたら、咀嚼し終えたのかマーマさんの喉がごくりと鳴った。
今完全に嚥下したよね。口の中にあったものを十分噛み砕いて飲み込んだよね。
そう心の中で突っ込みを入れたらおかしくなって、さらに笑いがこみあげてくる。

『今日のケイケイは暗い森を歩いています。』
『ちょうちょで戻りなさい。』
『ケイさんはちょうちょさんを忘れてしまったので、戒めのために歩いているところです。』
『昨日もそうじゃなかった~? どえむ?』
『精神修行です。』

俺に釣られてマーマさんが笑った。
相変わらずもぐもぐ何か美味そうに食ってるんだけど。腹減ったなぁ。そういや今何時なんだろう。
温かい笑い声に嬉しくなって、クスクスが止まらなくなる。

『今日は帰って来られますか?』

俺に合わせて妙に敬語ってか丁寧語になってるマーマさんが可愛い。
ふへへと笑って、のんびり口調を真似して話を続ける。
たまに我慢ができなくなって咳をするけれど、その音は聞かれるとまずいので毛布に唇を押しつけて殺す。

『あと三日は迷う予定です。』
『まさか三日前から迷い続けてるの~?!』

こらえきれないとばかりに大爆笑。
なんだなんだってケイタイ越しにローグさんたちの声がする。耳打ちなのに途中からオープンと混線してる。楽しいからいいけど。
マーマさんが少し小声になって、俺との会話を再現してる。小声ってか、ケイタイから口を遠ざけて話してる感じ。
俺の声真似がすごく上手で、俺はまた笑った。毛布にさらに咳を吸わせた。
我慢できなくてうへへうへへって笑ってたら、向こうでもう一度大爆笑が起こった。今度はたくさんの笑い声。
幸せだなぁ。あったかいなぁ。
くしゃみも布団に吸収してもらって、ぶるりと体を震わせてからマーマさんを呼ぶ。

『だーりんがお仕事だからって何日も帰らないとお母さんは心配なんですよ~?』

電話口に戻ってきたマーマさんは、今度は母さんになってた。
うん。そっちのがしっくりくる。
またぷっと吹き出してしまう。

『だーりんはもういいんです。連絡もくれなくてはにーは寂しいです。』

わざとしゅんと聞こえるように言った。
俺ってばまた女優になってる。いや、男優ですよ。女役だけど。

『だからケイケイは拗ねて寮に帰りたくないの~? 俺ががつんと言ってあげようか~?』

それはダメっと強く言ってしまいそうになって、反射的に左手が口を塞いだ。
同時に向こうから「あー俺のカラアゲうま~俺天才~。」とか、間延びした自画自賛が聞こえてきて、ほっと胸をなでおろす。
マーマさんのがつんてどのくらい怖いんだろう。
ケホケホ。気を取り直して。

『連絡がきた時に思いっきり喧嘩してやるので、黙っていてください。』
『ふふ。ケイケイが怒ったらだーりんはぽかーんだね~。楽しそうだから言わないよ~。』

遠くからマーマさんを呼ぶ声が聞こえて、それに二言三言返事をしてから、電話は切られた。
喉の奥で燻ぶっていた風邪の菌を盛大に外へ逃がしてやる。
いくら下の共用リビングにみんな集まっているからと言って、音漏れは厳禁。
毛布は俺の唾だらけ…いや、俺の風邪ウイルスだらけかもしれない。治ったら洗ってやるから、今は許せ。

ケイタイを閉じて、むくむくと両足の感覚を確かめる。
分厚い皮膚で覆われているみたいに、緩やかな動作でだるそうに脳からの命令に従って動く足の指。
ゆっくり寝返りをうったら思ったより体は動いてくれて。
ベッドから転げ落ちる勢いで床へ着地し、そこまでは良かったんだけど、筋肉が急な動きについてきてくれなくて、立ち上がれなくて、結局荷物入れまで這って行った。

暗闇の中で探って目当ての物を取り出す。
いーち、にーぃ、さーん、よん。
数を数えて、最後に手に取った一番小さいヤツを少し齧り、まくまく口を動かした。
かたくてしょっぱいはずなのに、俺の舌は味覚業を放棄して、歯だけが律義に携帯食料の食感を伝えてくる。
おまえはえらいね。顎動かすのだるいけど、硬いって感想が持てるのは嬉しいことだよ。うん。ありがとう健康な歯。

最初は満腹感を満たしてやろうと思って、何度も何度も噛んでいたんだけど。
だんだんどうでもよくなって、最後は大きな塊を数回噛んで飲み込んだ。
水筒を振ったらまだ中身があって、寝る前に洗面所に行ってよかったなーと思う。
今水なかったら、面倒になってそのまま寝ちゃう気がするから。数時間前の自分に感謝。
ありがたく舌を湿らせて、荷物入れに丁寧にしまう。
床が冷たくて気持ちいいなー。
このまま寝たいなー。
そんな誘惑に惑わされるが、いやいやダメだくじけちゃいかん。と思う。
ちゃんとあったかくして寝なくては。治るものも治りません。
今まで生きてきた俺の経験が、怠けそうになる己に説教をかましてる。
ぷんぷん。
一人で妄想してうへへと笑った。さっきも言ったけど、頭にキてるなー。

さて、明日の耳打ちには、なんて言い訳しようか。


言い訳が決まりました。

寝ているか咳をするか鼻水を啜るかしかないので、それ以外はぼーっとする時間にあてられます。
コウさんはどうしてるかなって、想像しちゃいます。
俺の妄想の中で、あの人はせっせと働いている。机に向かって時には現場へ出て。
ハロウィンの時に見た職場をぼけた頭で懸命に思い描き、居心地の良さそうな椅子へ不機嫌な顔のチェイサーを座らせる。
時折かかってくるケイタイへ手を伸ばし、かったるそうに返事をしたり、渋い顔をしたり。
妄想の主である俺は、視点を変え放題なんです。だからね、こう、覗きこんじゃったりできるわけ。
にへっと幸せそうに笑ったコウさんの真後ろへまわって、ケイタイの待ち受けを盗み見する。
俺の寝顔だったり、笑顔だったり、そういうのだったらいいなって、うへへうへへ。
そんなの一回も見たことないけど、ちゅって画面にちゅーしたりなんかして。
会いたいなぁって。俺と同じこと思っててくれてたらなぁって。ふへへあふふ。

…ん。また寝ちゃいました。
なんだか家探し見たいな音がして、何も取るモンないですよー。ここより隣の部屋の方が金目のものいっぱいありますよーって。言ったつもりだった。
そもそもローグギルド寮に泥棒さんに入ろうなんて勇者すぎる。
だから俺の部屋をチョイスしたのは、その勇敢な泥棒さんの唯一頭イイじゃんと思える部分だ。
他の場所じゃすぐに見つかって、ぼこんぼこんにされちゃうんだからな。
黙っててあげるから、とりあえず食料と水だけは置いておいてね! そんなに飢えてない泥棒さんでありますように!

ずっとカーテンを引いた暗闇の中にいたけど、ぼうっとする頭と瞼では碌に前が見えなくて。
重たい後頭部を枕からはがし、さらに大きく響く引き出しを乱暴に開ける音を追って足元へ目をやったんだ。
そしたら。

月のキレイな夜だった。俺そんなに長いこと寝てたのか。
いい夢見ちゃったから、きっと起きたくなかったんだな。幸せすぎて、ずっと寝ていたかったに違いない。
だから、その新鮮な話を聞いてもらおうと思って。久しぶりだし。
誰にって、その。
月明かりが輪郭を浮かび上がらせている、そこのチェイサーさんに。

「な…に……?」

声が驚くほど掠れてた。
さっきまでくーくー寝てたもんね。そらそうですよ。喉も痛いしね。
…もう一時間ほど早く起きれたらよかったよね。そしたら着替えられたのに。汗かいて気持ち悪いです。

真っ赤な瞳が暗闇できらりと光を反射する。
あーほんと久しぶりだなぁって。
なんか真剣にこっち見ちゃってるコウさんと目が合っちゃうと、懐かしくて涙がこみあげてきて。
ダメですねぇ。
あ、今のコウさんにちょっと似てなかった?
ねえ、似てない?
似て……ない…?

「コウ! どした…って、あれ、ケイ?」
「えええ!? ちょ、ま…。」

ばたばたばたと複数人が、廊下をかけてくる音がする。
開け放たれた扉から零れる明かりが眩しい。反射的に目を細める。いち、にい、さん…よ。

「何…して……。」

そっちに気を取られていたら、使いなさいって組み立ててくれた真新しいタンスをそのままほったらかして、コウさんがこちらへゆっくり歩いてくる。
もう。服引っ張り出したのならちゃんと閉まってよね。ぐるぐる丸めてぽいと突っ込んだ俺が悪いけど。だってそんな余裕なかったんだもん。
明日元気になれたら洗おうと思ってて。だから、俺の汗を盛大吸ったシャツたちがそばに散らかってる。
やめてよーコウさんが買ってくれたんじゃん。洗うけど、床のホコリで汚れちゃう。三日掃除機かけてないのに。

俺の目をじっと見つめたまま、ベッドの傍に立つ。
起き上がろうとした俺を片手で制し、こつんと、おでこをぶつけてくる。
コウさんの額…冷たくて気持ちいい。

「お、かえり。」

ひっでえ声。やっと声変わりがきたのかなぁ。おっせえよ。成人しちゃったよ俺。
…こんな声で喘いでも、可愛くない、よなぁ?

「何度あるんですか。」
「なんど?」

久しぶりにコウさんの体温が近づいてきて嬉しくて、きゅっと制服を掴んだ。
でもいつもみたいにあったかくなくて、ひんやりしてて、あぁ、帰ってきたばかりなんだなとぼんやり思う。
飯前に顔見に来てくれたのかなぁ。
言ってくれれば起きて風呂入って待ってたのに。
明日休みなのかな。
抱いてくれんのかなぁ。
あと、ただいまはいつ言ってくれるんだろう。
抱っこはまだ?

「熱ですよ。」
「ねつ?」

コウさんにお熱なのはもうずっとのことですよ。何度とか言われてもわかりませんよ。それ専用の物差しも計りもないんだから。
最高値がわからないですよ。わかったら振り切ってるくらい言ってやりますけどね。
最高値知ってるんですかって言われたら言い返せないじゃない。
そんなので困るのは嫌なので、素直に聞き返します。
ひとがいっぱいいるので、ちゅーはしてくれないですよね。

「体温計。」
「ふあい!」

ドスの効いた声で短く言うコウさんに、走って戻ってきた足音が手を伸ばす。
顎を掴まれたのでうえっと声をあげたら、ぐりぐりって細長い物が歯列を割って侵入してきた。
どうせならコウさんの舌が良かったです。その方が気持ちいいのに。これは硬い。
舌の下へ入れられて。怖い顔をするので黙って咥えてやります。
こうしてればいいんでしょ。こうしてれば。
甘くも辛くもしょっぱくもない。無機質な味が嫌です。

「三十八度八分。」

何かと思ったら体温計ですか。あぁさっきそう言ってたっけ。
久しぶりに見たので何かわかりませんでしたよ。コウさんが淡々と告げる数値に首を傾げる。
で、ただいまはもういいので、抱っこかちゅーかください。我慢して咥えたんだから。
俺昨日コウさんと殴り愛の喧嘩してやろうと思ってたはずなんですけどね、殴り愛。
そんなの絶対負けるから悔しいから嫌だと思ってたんですけど、連絡もなくほったらかしってやっぱり悲しくて。
一方的に殴ってやろうと身構えてたはずなんですが、タイミングをすっぽーんと外しました。
もういいや。なんかだるいし。
構ってくれないのなら下でご飯でも食べててくださいよ。俺は寝ます。
おやすみなさい。扉は閉めてね眩しいから。

「ケイ。」
「…。」

寝返りをうったら、ここ最近で一番楽でした。
宣言通りにあと二日くらいで治るかしら。
そっぽを向いた俺が気に食わなかったのか、コウさんが俺を呼びます。
なんですか。やっとする気になりましたか。
もうちゅーでいいですよ。抱っこは重くて熱いと思うので。
あぁでもほっぺにしてくださいね。風邪移りますので。
…コウさんが馬鹿ならよかったのにとか思ってませんよ。

「言い訳はありますか。」

言い訳?
あぁありますよ。考えていたんです。
毎日のようにマーマさんに夕餉を共にできない理由を話していましたから。
話しましょうか。マーマさんそこでなぜか放心してるし一緒に聞いてもらえば一度で済みますよね。

「今日は木陰でお昼寝したんです。時間的にはお夕寝ですね。」

実際寝てたのはベッドの上ですが。そこを言うと矛盾が生じるので誤魔化します。
ところでなんでまだ丁寧語なんだろう。ぽやぽやしてるのでそのままです。まぁいいや考えるの面倒くさい。
まぁその木陰でね。いい夢を見たんですよ。
夢と言うか記憶と言うんでしょうか。でも俺はその光景に全く心当たりがないので、幻かもしれませんけど。
…些細なことですね。うんとね。
それで俺は森の小さな小屋にいるんです。
そして赤毛の長い髪の女の人が、俺の方をちらちら見てくるんです。
どうしたのかな、と傾げた首は重くて、正確には頭が重くて、自分は確かにちゃんと座っているのに、ふわふわ体が浮いてる感じで。
何気なく見た自分の手が思ったより小さくてね。あぁこれは子どもの時の夢かしら。と思ったわけ。
んで、子どもな俺は目の前の女性に必死で何かを伝えようとしてるんです。
俺はその子が自分自身だとわかっているのに、そいつの伝えたいことはちっともわかってやれなくて。
悲しくて、でもそうすると女性がすごく困った顔をするので、必死に笑って。

『だいじょうぶだよ。いってらっしゃい。』

小さな口が吐息と共に小さく囁いた。
そこで顔を苦笑に歪めた女性は、ふっと目の前から煙の如く消えてしまう。
小屋に残された俺は一人、緩まる頬の筋肉を引き締めようと必死でした。
あの女性が笑ってくれたことが嬉しくて、その嬉しい気持ちはとてもよくわかるんだけど、でも今の俺から見ると苦笑でしか…寂しそうな笑顔でしかなくて。小さな俺が何をそんなに喜んでいるのかはわからないけれど。
でも、なんだか良かったねって頭を撫でてあげたくなりまして。

「そうしたらそこでその子は…ちっさい俺はコンコンて咳して。そこで吃驚して飛び起きた俺もリアルで咳してたんだ。」

毛布で何とか口許を覆い、菌を巻き散らかさないように気をつける。
大きく息を吸い込むと毛布の毛玉が気管に攻撃をしかけてきて…ケホケホとエンドレスに咳は続く。
ここまでよく話したと思いますよ、俺。
途中でくしゃみが出そうにならなくてよかった。
あれ、五メートルとかそのもっと先にまでばい菌が飛ぶそうじゃないですか。
おとろしい。

「俺ね。起きてから考えたの。そうしたら、その女の人、母さんなのかなって思えてきて…。」

コウさんに伝わっているかわからない。オッサンから、話を聞いているかもしれない。
母さんが、小さい頃の俺と父さんを残して家を出たことを。
マーマさんたちはきっと知らない。俺が、母さんの後ろ姿しか思い出せないことを。

「霞がかってね。ちゃんと思い出せないんだ。夢の中ではしっかり見てた気がするんだけど。」
「ケイ…。」
「だから。続きを、夢の続きをそこの木陰で見れば、もっとちゃんと顔がわかる気がして。」

そのまま寝こけていたから、だから帰りが遅くなりました。と。
今日は帰れない言い訳じゃない。
現に俺はこうして帰ってきているから。挨拶もせずにベッドの上だけど。
だから、遅くなった理由でいいんだ。
本当はもっと別な言い訳を思い付いていたんだけど、それってようは全部嘘だから。
嘘って吐くの疲れるじゃん。
だから、吐くならほんのちょっとにして。スパイス的な感じでホンモノと織り交ぜたらいいんじゃないかなって。
夢の話は、本当だし。その方が、追求されてもいくらでも答えられる。

「それが言い訳ですか。」

そうですよ。不満ですか。
マーマさんは今までこれで安心してくれたのに。
今日はダメですか。なんだかぽかんとマヌケな顔をしています。
耳打ちの方がよかったなぁ。まだまだ役者には程遠いですね。
ケホケホ。また咳が出る。

「じゃああの服の山は…なんなんですか。」

ベッドに腰掛け、俺を見降ろし睨んでいるコウさんがタンスの方を指さす。

「汗かいたから、着替えて…。」
「何枚…何日分あると思ってるんですか。こんなに熱を出して、咳まで。」
「風邪だから仕方な…。」

言い終わる前にコウさんが覆い被さってきて、俺の肩に顔を埋めてしまう。
でかい掌が俺の頭を撫でて、涙が出る。
やっと抱っこがきた。
ぎゅっと制服を握りしめて頬を擦り寄せた。

鼻をずずっと啜ったら、それもですかって怒られた。
なんでなんで。何かしたの俺。なんで怒られてんの。
ちゃんと安静にしてるし、汗かいたら着替えるし、服をそのままにしてたのはごめんなさいだけど、あれも明日洗うつもりだったもん。
くしゃみとか咳とかで移るからって怒ってるなら、だからこそ俺は隔離されているわけじゃん? されてるというか自らその状態へ持っていっているというか。
だからさ、褒められこそすれ、文句言われる筋合いはない。嫌なら部屋から出てけよもう。
嘘をついたのだって…バレてねえだろうけど。それも理由があるよ。

夢の中の母さんらしき人は、俺が風邪だとすごく困った顔をして傍にいてくれるんだ。
仕事があるのに、付き合いがあるのに、外へ出たいのに、俺の所為で予定がつぶれてしまうんだ。
だから俺、もう治ったよ大丈夫って一度笑ってやったことがあるんだ。
そしたら、すごくすごくほっとした顔をして、解放された表情で出かけて行ってしまった。
すごくすごく俺も嬉しくなって、自分がイイ子になれた気がして、それからは絶対風邪を引かないようにしていた。

そうそうそうだよ。思い出した。
だからさ、俺風邪になっちゃダメなんだよ。一緒に暮らしている人が困った顔をするから。
オッサンにもバレたことないのに、なんでコウさんは帰ってきちゃったの?
ベッドで転がってたら二週間もすればなんとかなるよ。
年が明ける時に一緒にいてくれればそれでよかったのに。コウさん早すぎなの。もちょいがんばれよ。
会えてめちゃくちゃ嬉しいけど。抱っこも好きだけど。でも怒られるのヤだもん。
だから黙ってたのに。

「コウさん? …マーマさん?」

俺の髪を梳く指が気持ちよくて、でも廊下にいるローグさんたちも何も言ってくれなくて。
よくわからなくて首を傾げる。
頭いてえなぁ。
懐いてくれるのは嬉しいけど、飯冷めちゃうんじゃない?
今何時かわからないけど。
飯の最中なのかもわからないけど。
あと、風呂入ってなくて臭いと思うから離れてほしいんだけど。
でも離してほしくないんだけど。
コウさん砂っぽくて、仕事がんばってきたなーって褒めてあげたいんだけど。
変なの。一体みんなどうしたんだよ。


…ん、あれ。
そう言えば俺、全部思い出したつもりでいたんだけど…。

なんで母さんの顔だけがどうしても。
ぼやけて焦点を結んでくれないんだろう――?



―終―


あとがき。

ここまでのお付き合い、ありがとうございます。
ハンターがお風邪を引きました「カード」の続編です。
楽しんでいただけましたでしょうか。

熱が高くてぽやぽやしてて。しっかり考えてるところは考えてるんだけど、どこかがちょっと微妙にズレた某ハンター。
きっと寮のみんなは頼ってほしいし、甘えてもほしいのに、ケイさんは風邪=一人で乗り越えるものだと思ってる。それを疑いもしないんですよ。それが彼の中で常識だから。
そんな話にしたかったんですが、いかがですかね!

 
高菱まひる
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