甘熟甘懐。

最初のいっぽ(1/2)

聞き飽きるくらい耳に残って離れない、時を刻むこの音がなぜか好きだ。
薄暗くてぞっとするほど静かなのはどこのダンジョンも同じだけれど、不思議とここは恐怖心を煽られることなく毎日通っていられる。

階段の上に舞い落ちた本のページを拾い上げてほっと息をついた。
だいぶ慣れてきて、最近ではニ体くらいまでなら噛み付かれる前に倒せるようになった。
なんだかすげえ誰かに自慢したいんだけど、気軽にこういう話に付き合ってくれるだろう唯一の人は、とうの昔にライドワードなんか卒業してるだろう。
きっと頭なんか撫でてくれちゃって大袈裟に褒めてくれるんだろうけど、多忙なあの人の貴重な休息日にくだらない話をしてそんな風に気ぃつかってもらうのも忍びない…。
こういうときは自分で自分を褒めるしかないよなぁ。
昼飯を少し豪華に高めの店で食うかと一瞬考えたけど、財布の中身を確認するまでもなくやめにした。
むなしいだけだし、消耗品買い溜めしたばかりだから懐が寂しいのを思い出した。
あぁ俺ってこんなんばっか。
情けねー。

「うああ待って! やだあああ!!」

階段の下でしばらく休憩して、あともう三十分がんばるかと腰をあげたところで、右手に折れる廊下の向こう側がにわかに騒がしくなった。
慌ただしくページをめくる音が一つ二つ…三匹いるな…。
そこにただ存在しているときは静かに呼吸をしているだけのように聞こえるけれど、一度冒険者と遭遇してしまえばそれは恐ろしい舌舐めずりに変貌する。
若い頃はこの音聞くだけでビビってました。追っかけられて泣きべそかいたのも今じゃいい思い出です。
そこまでなんだかぼけっとしながら脳内で考えているうちに、目の前には四つ罠が並んでいた。

無意識とは言わないけれど! 冷静にしてれば俺だってこのくらいできるのよ!
さーどっからでも走り込んできなさい!
ふははほんと成長したなぁ俺!

「逃げてええ!」

逃げ込んだ先に人がいるのに気づいたセージさんが、悲鳴をあげて俺をせかす。
藍色の大きな瞳からは大粒の涙がこぼれ、さらさらのストレートはこれまた藍色で耳の後ろで風に踊っている。
近づいてくる順にチャージアローを三度ぶちこんで、一番手前にいたのを二本の矢で以てバラバラに解体してやった。
俺の足元に罠が仕掛けられているのに気付いてくれたのか、セージさんが驚いた顔を真剣なものに切り替えて真っすぐこっちへ走ってくる。
二体目に取り掛かった俺の背後からファイヤーボルトが降り注ぎ、罠に足止めされた二体は程なく事切れた。

「はぁぁぁ助かったぁぁ。」

振り返った先でセージさんがへたりむ。
切れたマントから滲み出る血液を見つけて慌てて駆け寄った。
ヒールクリップ借りといてよかったー! 一度申し訳なくて断ったんだけど、ぐりぐり押し付けてくれたコウさんありがとう!
慣れない詠唱に何度か口を縺れさせつつ、目立った傷だけでも治すことができた。

「ヒールまで! ありがと! ごめんね助けてもらっちゃって…。」
「う…うん。あ、あと、怪我は…?」
「全部治ったよー。」

息を整え立ち上がったセージさんは改めて並ぶと俺より少しだけ背が高かった。
ぴょこんと上体を深く折り曲げ、もう一度丁寧にありがとうございましたと言われてなんだか照れ臭い。
えへへと笑う表情が可愛くて…いや、男の人に言うのもあれだけど、でも、なんかやたらどきどきした。
おない年くらいかなぁ…?

「あっそうだハンターさん! これから暇ある?」

じゃあ俺はこれでと踵を返したその腕を捕まれる。
ええとあと少し狩ってから昼飯にしようかと思ってただけで、予定なんて立派なものは何もないけど…なんだ?
ぱちくり瞼を開閉するだけで何も返事をしない俺に焦れることなく、晴れやかな笑顔でセージさんは言う。

「お礼がしたいんだよ! ついてきて。」

首を傾げる俺をずるずる引っ張りながら、ご機嫌なセージさんは元気よく歩きだした。
一応踏ん張ってみたけど、安物のブーツでは石造りの廊下に薄く二本線を描くだけでブレーキの役割は果たしてくれない。
みっ…見た目に寄らず力がつええ…。
一階へと続く階段上ですらもそのままの格好で引きずられ、近づくパンクを火の壁で足止めさせながら薄暗い時計塔を後にした。


思えばレストランで二人、飯食うのなんて今までしたことあったっけ…?
コウさんとの数少ないデートでも寮で食ってから出掛けるのが当たり前だったから、もしかしたら本気で初めてかもしんないっ。
若干挙動不審な俺を放っておいて、目の前で慣れた仕草で店員さんへ手をあげたセージさんは常連の風格で、店に入ってものの数分で注文が通ってしまった。
おごるから。家で昼飯待ってる? と二言だけ確認されたからどっちにも首を振る。

「じゃあがっつり食っても問題ないね。あれとこれとそれにしよー。一人暮らしなの?」

たぶん家に飯がのくだりで首を振ったからだろう。セージさんはテーブルに乗せた両肘で顎を支えてからちょんと首を傾げてみせた。丸い瞳が好奇心に輝いている。

すげえな…容姿も仕草もこんなに可愛いのに全く嫌味がない!
あの女ぶりっこしやがって相手の性別で態度変え過ぎだっつーの、と汚い言葉で吐く誰かの悪口で以って盛り上がる寮内三時のおやつ。
セージさんは自分を無理に作っているようには見えないけれど。

「や、うと、寮に…住んでて。」

それって俺が鈍感で気付いてないだけなのかなぁ。
男はみんなすぐに騙されるんだから! と愚痴っていた女ローグさんたちの般若みたいな顔が浮かぶ。
でも目の前にいるサンプルはぶりっこしてるかもしれないけど、男だ。
ちょっと違うよねうん。可愛いと思って、見ててもいいよね?

「へええ! ハンターにも寮があるんだ! プリーストとかローグのは有名だけどねえ。セージのも探したらあるのかなぁ。」
「え、あ、いや。」
「いいなー。俺もそういうとこ住みたい。危ないからって親が許してくれないんだよねえ。」
「あ、あの、えと…。」
「俺ね、友達のお兄さんがサブマスやってる冒険者ギルドに所属してんだけどね。そこにもちゃんと家があるのにさぁ。」
「その、寮ってのは…。」
「そこに住むのもダメって言うんだよ! 過保護だと思わない?」

だぁぁめだ!
口挟む暇がねええぇ!
いや、喋り下手としては沈黙時間がなくてありがたいんだけど、誤解を、誤解をしてますセージさあん!
ほやほや笑いながら所作はのんびりなのにこのマシンガントーク! 会って間もない俺にぺらぺら個人情報もらして…悪用されたらどうすんだよ可愛いんだからもちょい気ぃ使ってええ!
こらぁ親御さんも外に出したくないわなぁ…危なっかしすぎるっ。

「先生に母を説得してくださいってお願いしてみようかなあ。先生の目がある寮なら納得してくれるかもしれないし!」
「あああの!」
「うん?」

やったあやっと捕まえた!
っとええとなんだっけ。
落ち着け、落ち着いてから急いで思い出せ。もたもたしてっとまた喋りだすぞっ。
待ってねえ。呼び止めようと必死になってる間に何話そうとしてたんだか忘れたよ! うんとなんだっけー…。
ああぁっ、そうだ!

「寮って、あの、ハンターのじゃなくて! その、ハンターの、あの、寮があるかは……えと、知らなくてっ。」
「うんうん。そうなんだ。落ち着いて?」

あんたにだきゃ言われたくねえ…。
あわあわ話し出した俺を見て優しい表情で頭を撫でてくれる。
俺ってこんな扱いばっかか!

「あの、俺、いるの、ローグギルド寮で…。」
「ほえ?」

あああそうだよな! なんでって顔するに決まってるよな! 普通そんなことありえないもんなぁーどうしよ。どう説明しよう!?
だってあそこに俺がいられる理由なんて、コウさんが許可してくれてるってそれしかない。
でもなんで許してくれてるのってさらに聞かれたら、なんて答えりゃいいんだ。
すげー可愛がってくれてるからって濁してもいいが、そんだけで職業ギルドの寮に別のジョブが交じってたら不自然だし。
いっそ正直に言ってもいいけど、それこそ一般的に受け入れてもらえるものなのかわからない。
コウさん的にそういうの口外されるの嫌かもしんないし、ああそしたらどうすりゃいいんだ!?

「えと、あと、なんで住めるかって…いうと、あの…。」
「あああわかった! “ケイ”だろ!?」
「へっ…?」

あれ、そういや俺名乗ったっけ…?
ずびしと目潰しされんじゃねえかってくらいの勢いで、細くて白い指が鼻の頭ら辺に突きつけられる。
いや、でも俺セージさんの名前知らないし! きっと言ってない。うん言ってねえ。
じゃあなんだ人違いか?
冒険者登録名ってかぶらないように管理されてるはずだけど…。
えええドッペルゲンガー!? それって名前まで一緒なのか!?
あ、それとも愛称かな。すげえ名前長い人もいるらしいから。俺単純に二文字だけど。

「ローグギルド寮の居候ハンター! どっかで聞いた話だと思ったらぁ!」

はい。まったくもって俺のことですねー。
世界広しと言えど、職業ギルド寮に居候ってしかもローグでハンターって俺しかいねえよ!
ローグギルド内じゃ知れ渡っているようだけど、これまさか世間でも噂になってたりすんの!?
えーえーえーそれってまずいの? まずくないの?
俺、このままのんべんだらりと暮らしてていいのか!?

「なんで…?」
「だからケイっておまえでしょ? 寮のボスの恋人で、捕まって、無理矢理一緒に住まわされてるハンター!」

ぶっ。何その言われよう! コウさんすげー極悪人じゃねえの…。どこ情報だよそれ。いろいろ尾ひれがついてんのかな…。
顔は全くその通りだけど、いや、笑うと可愛いんだぜ!? でも根はヤクザじゃねえぞたまに怖いことさらっと言ってくるけど。
三割冗談だし! いや、二割…かな?
だがこれはきちんと誤解を解かねば。コウさんそんな人じゃねーんだよ!
やだ何この使命感。

「無理矢理じゃねえ!」
「あれ、違うの? 笑顔で脅して強制的に傍に置いて、部屋に鎖で繋いで軟禁したり、ライバル排除だって言ってうっかり殺しちゃったりするんでしょ?」

あああ言いようによっちゃ全部合ってる! ごっ合意だけどさ…。
でも最後のは何!? 確かに敵はいっぱいいるって言ってたけど、コウさんがそんな理由で殺し!? ナイナイナイ!!
たかがそれごとき理由でなぜ僕が手を汚さなきゃならないんです? とかさらっと言いそうだし!
うっわ自分で想像しといてちょうリアルー!! でもだからこそそんなことしねえし!
しかし一体どんだけイメージ先行してんだ。まさか周りの人みんなそんなふうに思って…んのかな。

「俺は好きで一緒にいんだ。強制されてるわけじゃねえ!」

とりあえず前半二つは否定しよう! あとはわかんないから保留っ。
急にガッターンとかって立ち上がるから、飯運んできた店員さんもセージさんも吃驚してるけど、緊急事態だ許せ。

目を丸くして、肩で息をする俺をしばらく眺めていたセージさんが不意にふわっと笑う。
それを合図にするみたいに、店内の時が動き出した。
俺の着席と店員さんが引っ込むのを待ってから、キラキラ目を輝かせだす。
ええっと…なんだろう…嫌な予感。

「やっぱりそうなのかぁ! 俺もそうだと思ったんだよ。アランにちゃんと訂正して教えてやらなきゃー。」

るんるん頭上に音譜マークを飛ばしながら、早速目の前に置かれたサンドイッチにかじりつく。
え。何。ソースがその…アラン、さんなのか?
誰…?

セージさんは名前をシャルルと言って、俺より歳もレベルも一つだけ下だった。
ちなみにその事実が発覚したとき、すげえびっくりされて転げ落ちるんじゃねえかってくらい目ん玉ひんむかれた。
なんだそりゃレベルの割に弱っちいなーか、年下かと思ったーか、どっちに驚いたんだ。どっちもか。
さっき話題に上ったアランさんという友達が誘ってくれて、今のギルドに入ったんだそうな。
んでもって俺の話もアランさん経由で聞いたらしく、コウさんの直属の部下らしい。

なぁんか聞いたことある名前だなと思ったらー…あの赤毛の男前ローグか!
交わした会話は少ないけれど、よく頭を撫でてくれる笑顔が眩しい二枚目な印象。
…付け加えるなら、よく他のローグさんからへたれへたれ言われてるという…。本人すげえ不本意そうだけど。

「聞いたまんまだー。ちっちゃくて可愛い!」
「ちっ、ちっちゃい!?」
「うん。撫でやすい位置にあるってー。」

そらよう撫でられますが! アランさんでかいからちょうどいい位置にあるって言われたことある気がしますが!
シャルルだってそんな変わんねえだろおお。…さてはおまえも撫でられてるクチだな!?

「ねぇ、ボスさんどんな人なの?」
「え…。どんなって……。」

なんか…不思議な感覚。
よくよく考えてみたら、俺の周りってオッサンを含めて俺よりコウさんについて詳しい人ばっかで。
こうして漠然と聞かれたことってなかったな。
ええ…でもいいのかな? こういうのって勝手にぺらぺら喋っても。少しは知ってるみたいだから、ギルドに触れない話ならいいかな?
うううまさかこんな機会がくるなんて思いもしなかったから、確かめてないよおぉ。

「優しい?」
「え、うん…。」
「かっこいいの?」
「…うん。」

脳内で振り返ったコウさんが優しく微笑んでる。
今日は帰ってくるのかな…。昨夜の電話では何も言ってなかったけど。
顔が、見たいなぁ。

「…かっこいいと、思う。」
「背、高い?」
「アランさんくらい…かな。」

比べたことはさすがにないけど。見上げた感じではそのくらいだと思う。
オーラとか態度とかで、はるかにコウさんの方がでかく感じるけど。

「でかいな! 手は? 手もでかい?」
「手?」
「手大事!」

顔と背の次に手の話かっ。
うーんと、手を繋ぐとこんなもんだからー…。

「でかいと思う。俺より関節一つくらいは。」
「へへえええ!!」

…えへへ。
なんか、好きな人の話ができるって、楽しいな。
口から産まれたんじゃないかと思うくらいテンポよく話題の尽きないシャルルが、俺の拙い話を懸命に聞いてくれる。
いちいちもらえる大袈裟なくらいのリアクションが嬉しくて、俺ってば必要以上に饒舌になっている気がする。
会話っていいなぁ。嬉しいな。

「どんなとこが好きなの?」
「んー…。」

―――ケイ。

優しく俺を呼ぶ声が好き。
他のローグさんが、三時のおやつの時間に話してる彼氏さんの愚痴みたいに、気持ちが見えなくて不安になったことがない。
俺を呼ぶ声にだって、毎度しっかり想いが篭ってる。
疑り深くて自信のない俺でもあっさり信じてしまえるほど…、コウさんは愛情表現を惜しまない。

それもすごいことだと思うけど、何より救われているのは、こっちからの拙い愛情表現でもちゃんとかみ砕いて受け止めて満足してくれているところ。
僕の想いを疑うんですね、と嘆かれることはあっても、俺の態度が足りないとか伝わらないみたいに責められたことはほとんどない。
それに甘えてしまっている俺もいけないと、意を決してどうしたらいいかって聞いてみたことがあるんだけど、それでも。

「表情とか、仕草とか…声聞いてたらわかりますから…って。」
「………愛されてるねえぇ…。」

はい。身にあまる光栄だと思っております。
無理しなくていいって。自然体で甘えてくれたらそれ以外何もいらないって。
なんであんなにいい人なんだろうな。
なんで俺の彼氏やってくれてるんだろう…。

「可愛くってしょうがないんだなぁ。」

そうなのかなぁ…? わからない。
面倒臭いだけだと自分では思ってるんだけど…。

「いいって言ってくれてんだからいーじゃん。もっと楽しみなよー。」

けらけらと楽しそうに笑うシャルル。
俺の話、面白いのかな? 喜んでもらえてるのかな?
そのうち自然とシャルル自身の話に移り変わるもんだと思ってたんだけど、話題を変えようとはしてこない。単純にこういう恋愛話が好きなだけなのかもしれないけれど。退屈じゃないかなぁ…?
口下手な部分も、こう言うこと? とかって助け舟出してくれて…すごく話しやすい。
いい人だなぁ…。俺もこんな風に話せるようになりたい。
ってえか、年下に気ぃ使わせてんのかなこれ…うあぁ…。

「でもそれってさーケイが…。」
「アッ…ランさん!」
「鈍……あ、らん?」

さっ、遮ってしまった…。
いや、だってなんか俺が一方的に喋ってんだもん! ここいらで聞き手に回っとかないと自己中みたいじゃね!?
俺こうやって他人と長く会話した経験が本当に乏しくて、何が普通で何が異常なのかわかんないんだけど…。
俺ばっかり気分よく惚気ていいわけじゃないと思うんだ。バランスが大事だろ、こういうのって。
こんないいヤツなんだからさ…。呆れられたりとか、うざがられたりとかしたくないし…。
このままではいけないと思うわけです。だから選手交代! そろそろ俺の話は自重しないとダメだろ。

でもでも、勢いに任せて咄嗟に口から出た名前に吃驚したのは俺も同じ。
次なんて続けよう…? そこまで考えてなかったという…。

あ、そーだよ! シャルルにされた同じ質問を、そっくり返してやればいいんだ!
顔を含めた容姿は知ってるから…出会いとか! どんな話すんのかとか、狩り一緒に行ったりするのかーとか!
ぽかんと口を開けて固まってしまったシャルルの前にずいと顔を寄せる。
そうと決まれば、後は腹から声を張り出すだけだ。

「え、と、かっこいい…よな!」
「狙ってんの?」

のおおぉぉおぉおう!! そんな返答望んでなあああい!
んなわけねえだろ! そんなきょとんとした顔で聞き返さないでいただきたい!
俺にはコウさんがいるってえの! よそ見する余裕も不安も微塵とない!!

「うんまぁ、かっこいい…のはそうかなぁー。」
「うんうん!」

いよっしゃ乗ってきた!
俺あんま知らない人だけど接点はあるんだ。聞かせてもらいますよう、ばっちこーい☆
お喋り好きなんだから、俺に遠慮しないでガンガン話してほしい。
上手に相槌打てるかわからないけど…、なんだかシャルル相手ならいける気がするっ。

「でもそんなお色気な関係じゃないよ?」
「え……? でも仲…いいんじゃ…。」

っとあ、地雷、か?
苦笑したシャルルにさっきまでの勢いが途端しぼむ。
まずい。俺いらんこと言ったかも…!

「あのねえ。仲いい男同士が全員デキてたら世の中ふぉもだらけになるよ?」
「うっ…。」
「ボスさんも仲間いっぱいいるんでしょ? 何股になるわけ?」
「あ…う……。」

申し訳ございません。そう考えたら、付き合ってるなんて一言も聞いてない。
それどころか俺らの話は嫌がらずむしろ嬉々として聞いてきてたけど、シャルル自身が男色家かどうかもわからない…。
あーもー俺ってば相変わらずダメダメじゃんか!
どうしようどうしよう!!
気分悪くさせたかなぁ…?

「ごめん…。」
「あはは。別に謝らなくていいよー。こっちこそご期待に沿えなくてごめんね?」
「えっ!? いやいや…!」

勝手に誤解したのは俺だし、何も悪くないってシャルルは!
その後を続けられなくて、どうしようもなくて俯いて、目の前のサラダをフォークでつつく。
初めてまともに訪れた沈黙に…どうしていいのかわからなくなった。
曖昧に笑ったシャルルもサンドイッチを持ちあげたまま、それを口に運ばずにくるくる指先で弄ぶ。
俺を見ない。俺もシャルルの目を見られない。
だってそうだろう…。こんな空気になった時、どう切り抜けたらいいかなんて俺の脳内に対処策はない。
何を言っても逆効果になりそうで、黙るしか術がなくなってしまう…。

「あいつはノーマルだからねえ。」
「そ…なんだ。」

じゃあおまえは?
この状況でさらっとそんなこと聞けちゃうほど、デリカシーがない俺じゃない…。
会話を再開してくれたのはとてもありがたいけれど。
寂しく笑ったシャルルに、俺はもう一度ごめんと頭を下げるより他なかった。
俺はどうしてこう…空気が読めないんだ…。

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