甘熟甘懐。

ままのプライド(1/2)

真剣な顔して何してんのかと思ったら、ピカピカに焼けたオムレツにポリンの絵を描いてた。
初めての時から比べたら格段に上がった料理の腕。
教えてる身としては、ぐんぐん上達していってくれる優秀な可愛い弟子だ。
何度も角度を変えて睨みつけ、口がへの字になっているけど、一応満足はいったらしい。
ほっぺにケチャップついてるんだけど~気付いてるのかな~?
俺があのぼんくら息子なら躊躇わず舐めてるところだよ~。

「弁当~?」
「あ、マーマさん…。」

ずっと対面キッチンの目の前で立って見てたんだけど、吃驚された。どんだけ集中してんの~。
ケイだけ特別だかんねって、いつでも好きな時にキッチン使っていいことになってんだけど、毎度ここで声をかけるとイケナイことしてる最中に見つかった子どもみたいにビクビクしだす。
可愛いけどさ~。俺そんなことじゃ怒らないって言ってるのにぃ~。ケイケイは真面目だなぁ。

「三段も作って…誰の~?」
「え、と。友達、と食べようと思って…。」

あぁ、コウのじゃないんだ。

本人の口から聞いた。あの時は何も話せなくてごめんなさいって。
いつのことか、実は説明されてもよく思い出せなかったんだけど、後からコウに補足もらって理解できた。
他のことで凹んで、どう話していいかわかんなくて今の報告になっちゃったんだけど、初めて友だちって呼んで怒られない存在ができたんだって。嬉しそうな笑顔つきでそう教えてもらった。
他の誰だって怒りゃしないのにさぁ。俺だって友だちじゃんケイケイのばかー!! って言ったら、あせあせして「マーマさんは、せ、先生だか、ら。」とか言われちゃって。可愛すぎて思わずハグって頬ずりしたよ。
コウに冷たい目で睨まれたよ。全然こあくなかったけど。

「…ケイケイ、弁当作った経験あったっけ?」
「えと、ないけど。図書館で、これ借りて…。」

そう言ってすぐ傍に開いていた少々古い紙の匂いを纏う薄い本を指す。
まぁまぁ。はじめてのおべんとう、ですって。
ジュノーの図書館案内してもらって借りてきたらしいけど、今こんなのも置いてんのな…。
料理好きとしてはちょっと気になって、断ってからパラパラ中身を拝見する。
タイトルからして初心者向けで、中の説明もスクリーンショットとともにくどいくらい書き込んである。
赤くて丸い可愛らしい弁当箱に、蓋が閉まらねえだろってくらい盛り付けて、ポリン型やルナティック型の飾りがついた爪楊枝が刺さってた。
完全に女の子向けじゃないかこれ。まぁケイケイがやってたら可愛いんだけどさ! 親馬鹿でごめんね。あ、兄馬鹿か~?
さすがに全部は真似できなかったみたいだけど、忠実に時間をかけて作ったんだろう。いっこいっこ手が込んでて、すごくおいしそうだった。
容器はでかくて色気のない重箱だけど。

「すごいじゃん。でも量多くね~?」
「シャルルが…あ、セージのな。あいつがよく食べるから…。」

もう一人も体がでっかいから、たくさん食いそうだってさ。
ケイケイはこの半分でギブしそうだけどね~…。小食だよなぁ全く。だからそんなガリガリなんだよ!
もっとたくさん食べるようになってくれないと、お兄さんはとっても心配ですよ~。

「あ、やべ! 遅刻する…!」

大きな薄い布で一生懸命ラッピングしていたケイは、ちらりとケイタイを確認して焦った声を上げた。
片付けの時間まで逆算して、ほんとしっかりしてると思うよ。
散らかしてごめんとか言いつつ玄関に駆けていくけど、生ごみを少し出して、乾き切らなかったボウルや包丁がカゴの上に置いてあるだけ。
良いお嫁さんになるよね~ケイケイは。

「いってきます!!」

…でも、ケイ初めての手作り弁当…。
別の男二人に先に食われたって知ったら、あの独占欲の塊が黙ってないと思うんだけどなー…?

その辺は、まだまだ察せないらしいな。


さて。洗濯物をやっつけた次は掃除です。
広い寮すべてを周りきる頃には数時間経っているなんてざらだけど、俺、いっちばん掃除が好き。
だからはりきっちゃう~。
個人の部屋はそれぞれに任せているのでやったりやらなかったりだが、その中で最近特別に毎度確認するようにしている場所がある。

「異常なし~。」

指差し確認。クローゼットもタンスもベッドの下も覗いた。
スイッチ入れるとブブブって震えだす大人の玩具なぞ発見しましたが、それ以外は特筆すべき点なし!
新品ぽいけど使ってないのかな~。
まぁコウは道具好きじゃないらしいから買ってみたはいいが出番がないんだろう。
ってなんで俺こんなコウの性癖に詳しいんだろう。

…。
はいはい次、ケイの部屋に移動ね~。

えーと、なぜこの二カ所なのかと尋ねられたらそれは至極単純。
ケイが俺らをまだ完全に信用してくれていないからだ。

信用と言うと語弊がありそうだけれど、未だ甘えることを良しとしてくれない。
コウとの間にだって一本線を引いて接している嫌いがあるんだから、あれはもう性格と割り切るしかない。
というわけで些細な変化も逃さないよう、定期的にチェックすることにしたわけだ。
あの子が何かしらの事情で身を隠したり痕跡を残したりするとしたら、自由に出入りできる自室と、鍵を渡されているコウの部屋くらいだと思うから。
ケイには許可を取ってないけど、それはまぁ…保護者兼恋人の許可はとってあるから、許してくれる?

最後にざっと掃除機がけした後、プラグを引っこ抜いて持ち上げる。
あんなにご機嫌で出かけて行ったのだから、こっちの部屋にも特に変わったところはないだろう。
今日は晩飯何にしようかな~。この時間になるまで誰からもリクエストがなかったなんて久しぶりだ。
食べたいもの特にないのかなぁ。勝手に決めちゃうぞ~?

「……。はい。異常あり~…っと。」

あぁもう何この惨状。


早くもタンスの匂いが染みついていた制服を引っ張り出し、久しぶりに腕を通す。
沸々と湧き出る怒りに分類されるだろう感情は確かにあるけれど、頭の中は意外と冷静だった。
どうやら俺は根本ではまだあいつを信用しているらしい。
はぁもうやんなっちゃうな。俺のことなんか放っておけばいいのに。

「ちょっとこの部屋頼める~?」
「コウに連絡は?」
「晩飯は?」

すでに片付け始めてくれていたメンツに声をかけ、低いタンスの上に握りつぶされた状態で置かれていたそれの皺を伸ばす。
簡潔に「帰ってこい。」とだけ記されていた手紙と、家探しでもされた後のように散らかった部屋を見せた。
その後の反応は様々だったけれど、皆俺の今の姿を目の当たりにして、大まかな事情を察してくれたらしい。
事後報告はもちろん求められるだろうが、ここで時間をロスしてしまうことはなさそうだ。

でもそれってあんまりじゃないかな~?

「道すがら連絡する。飯までには帰る。」

俺のことは誰も心配してくれないのかよー。
あんまりゆっくり説明している暇はないんだけどさ? 俺らも行こうかとか優しい言葉の一つくらいあってもいいんじゃない?
それをケイが十中八九絡んでるからってコウへの対応と、晩飯にありつけるかの心配をするだなんてさー。
酷いや。俺はおまえらの家政婦じゃないんだぞ~!

「やっぱおまえはその格好が似合うよ。」
「マーマ色白いしさ~。チェイサーの制服もイケると思うのよね、あたし!」
「久々だろ。存分に暴れて来いや。」

ちょーしいいなぁもう。そんな褒められたらがんばるしかないでしょ~?
何かを探した、暴れたというよりは意図的に掻き回された部屋の中で、後輩ローグたちが揃ってニヤリと笑う。
ぽいぽいと投げ渡され、咄嗟に受け取った荷入れの中には、貸し出していた短剣やらポーションやらが詰まっていた。
そんな大したことするつもりじゃないんだけど…。
せっかくだし、もしもの時は使わせてもらおうかな~。


ちょっと昔話になっちゃうけど、いいかな?

それはもう、何年経ったかなんて数えていられなくなったくらい前の話。
その頃俺は今よりずっと若くて、ずっと世の中に絶望して生きていた。
自分で選んだ道だし、そのことに対して微塵も後悔してはいなかったんだけど、世間の風当たりにはどうしようもなくて逃げ場もなくて、愚痴愚痴言いながら日々を過ごすしかなかった。

『綺麗な筋肉だ。』

今考えたらおかしいよな。初対面の男が男に言う台詞じゃあない。
でも、その時俺は勝手に孤独を感じながら、勝手に悲劇のヒーローに浸りながら、馴染みの狩り場を走りまわっていた。
もう嫌で嫌で、いっそ冒険者なんてやめて…とも考えたけれど、素人よりは少し刃物や弓の扱いが上手いだけで取り立てて得意なこともない平凡な人生だったから、その選択肢はニアイコール死だと感じていた。

そんな真っ暗な環境で、褒められてみてよ?
目の付けどころがおかしいけどさ。やたらベタベタ触ってくる変態だったけどさ。
…あの頃は俺も…人肌に飢えてたから。

で~、面白いくらいにハマって。そいつナシじゃ生きていけない状態になったわけ。
想像に難くないよね~。今考えたら笑っちゃうよまじで。
体が空いている日は漏れなく、朝も夜もわかんなくなるくらいドロドロに抱かれて泣かされて喘がされて。
住むところも食べるものも、何も不自由しなくなった。
ただ甘えていれば、傍にいれば、生きる理由も意味も場所も、全部与えられたから。

『どうやって取り入ったわけ?』

当然面白く思ってくれない人間もたくさんいた。
だってあいつ、ローグギルド寮でその頃すでに寮長だったから。
プライドの高いヤツばっかりが集まって、だからこそ仕事の質も高くて。
職業で言えば、俺もそこで仕事をもらえておかしくはなかったんだけど、でも俺ってば半端者だからさ~。
連れて行ってくれなんて言えない。レベルもスキルもそれから頭も、何もかもが足りなかった。
だから何ヶ月も寮を空ける彼らに変わって、ずっと留守番しているのが俺の役割だった。
それしかできなかった。

でもそれでもすげー幸せだったの。帰ってきたらいの一番にただいまをもらえるポジションだったから。
たぶん他全員には嫌われていたけど、あいつだけは俺を見て笑ってくれていたから。
あいつだけは俺のことわかってくれて、俺だけを愛してくれたから。
世界で一番自分が幸せだと思ってた。
永遠に続くって疑いもしなかった。
完璧に依存していた。

あの時までは。

『おかえりゾート~! 見て見て見て!』

仕事終わりで一番に部屋まで来てくれたあいつに、飛びついて抱きついてキスをした。
そこで目一杯愛情表現をぶつけあってから、もごもごと口の中で呪文を編んだ。
途端湧き出る足元からの光。
達成者の証。
一番に見てもらいたかったから、習得したばかりのスキルを発動させて、今までオーラを隠していた。
半端者の俺だって、地道にコツコツやればここまで来れるんだって。
一足先に光っていたゾートと一緒に、これで転生できるねって喜び合えるって。
チェイサーになれば、俺も変われるかもしれない。
皆に、認めてもらえるかもしれないって。

『そうか! よくやった、マーマ。これで“半端者”卒業じゃないか。』

にっこり笑って、ゾートは言った。

『え?』
『転生したらまずはステータスの勉強からだな。武器も揃え直そう。弓一本に絞れたら楽になる。』

仕事もできる。
そう言ってゾートは喜んでくれた。
これからはいつも一緒にいられる。同じ未来を見て歩んでいける。
仲間だって。
そう言ってくれた。

その日、当たり前のように同じベッドで、あいつの腕枕で眠った。
んーや、違うな~。
眠ったのはゾートだけ。
俺はずっと、あいつの寝顔見てた。
眠れなかったから。

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