甘熟甘懐。

いちごみるく

「おまえそんな色だったっけ?」

そちらが声をひっくり返して大声出しちゃうくらいにびっくりする気持ちはよくわかる。
でもこちらだって同じくらいびっくりさせられたわけで。
なぜかってそりゃ、数年間同じ先生の下で働いてきたって言うのに、何と驚き、これが正真正銘あなたからのファーストコンタクト。
心臓飛び出るかと思ったよ。幸い飛び出なかったけど。でも誰かにわりと速めのリズムで殴られてんじゃないかってくらいの衝撃が肋骨に伝わってきてるけど。

「あー…昨日染めて…。」
「うへえ…まじで?」

あ、眉間に皺が寄ってとっても嫌そう。
やっぱり気に障ったよね。こんな俺なんかがあなたと同じ色の髪をしてるなんて。
不気味な色だと囁かれ遠巻きにされていた真っ白な髪の俺が、急に薄い桃色に染まった髪で目の前に立っているだなんて。
気持ち悪いよね。

あぁ、思いがけず大好きなあなた色の染料を手に入れて、感極まって後先考えずに染めるんじゃなかった。
大嫌いな元の俺色が綺麗に上書きされていくのが嬉しくて、あなた色に染められていくようで照れくさくて…。
話すきっかけになったりしないかな。いや、俺の髪がどんな色をしてようが、あなたが気に留めるわけがない。でもいいんだ。少しでもあなたに近づけるなら。
そんな風に昨晩ぐるぐる一人で考えて勝手に一喜一憂した妄想の中のあなたが今、俺の前で目を丸めている。
軽蔑…されただろうか?

「イチー! なんしてん。早く行こうぜ?」
「あ、わり。今行く!」

またな。も、じゃあな。もなかった。
同じ職場で働く共通の友人に呼ばれたあなたはくるりと背を向け、俺のことなんて端からこの場にいなかったかのように、眼中になかったかのように、一度も振り返ることなく、教会の薄暗く冷たいまっすぐな廊下をぱたぱたと駆けて行ってしまった。
俺の心を、揺さぶっておいて、それを置いてけぼりにしたまま。

「………さ、ん。」

最初は、きらきら輝いている人だな、と思った。
先生の下で働くプリーストはたくさんいるのに、その誰もに常に注目され、笑い声の絶えない、いつも話題の中心にいる人。
俺なんかでは一生お目にかかれなかったかもしれない高貴な家の出なのに。それを気取らせない、誰とでもすぐに仲良くなってしまえる人。
雲の上の存在だった。見ているだけで幸せだった。
恋に落ちるまで時間はかからなかった。もちろんだからこそ、失恋するまでの時間も早かった。

『あぁ? ミ…なんだって? 誰だよ。』
『ほら…あそこにいんじゃん。あの白い…の。』

まずいと思ってすぐ隠れられる物陰を探したが遅かった。
あなたに俺という存在が知られてしまった。
あぁこれで、他の仲間たちのように、陰でこそこそ言ってくるようになるんだろう。
できればあなたには俺という人間がいることに気付かれたくなかった。
俺と言う人間相手に、眉根を寄せたり黒い言葉を吐くあなたを、見たくなかった。

『…あんなのいたっけ。』

だから、拍子抜けした。
なぜかって、あなたがそう言って俺と目を合わせた時。
あなたの表情は、単純に驚いた時のそれだったから。
今まで見慣れてきた不快な顔や引き攣った頬なんてものはまるでなく。
ただ信じられないと言いたげな。
純粋な物でしかなかったから。

「…だから、好きだった……。」

そんなあなたの眩しい笑顔を、苦悩に歪めてしまったのは俺。
最初で最後の接触は、悲しい結末へと進むきっかけとなってしまった。
俺には、それがお似合いなのかもしれない。


倉庫にためていた収集品を売って、なんとかお金を得た俺は、元より短めだった髪をさらに切った。
染め直せばいいのだろうが、あいにくどこの露店をまわっても白い染料が手に入らず…。
かと言ってそのままだと、周りに何を言われるかわかったものではない。
大して変わらないだろうが、少しでも早く元の色が伸びてきてくれることを願って。
少しでも早く、あなた色が俺の体から消えてなくなってしまうのを期待して。
こうすれば多少なりとも努力をした風に見えるだろうと、安心したかったのかもしれない。
ただまぁ、何のために染めたんだろうとは思うけど…。

「うっわ! 何おまえ今度は切ったの!?」

昨日と同じくひっくり返った大きな声で俺を呼び止める彼。
昨日と同じく、心臓が暴れ出すくらいその事実にびっくりしてしまった俺。
まさかまたもう一度話せる機会がくるなんて。気味悪がられて一生近づいてもらえさえしないと思っていたのに…。

「暑いかな、って。」
「似あわねえー。」

こんな時でさえ正直な彼に思わずくすりと笑みがこぼれてしまう。
俺を否定する言葉でしかないけれど。でも彼は本心で、俺に向かって堂々と、思ったことをそのまま伝えているだけだ。
おかしいな。不特定多数の他人から陰でこそこそ言われる黒い言葉には過敏に反応して涙が出てしまうのに。あなたが俺の目の前で一人できっぱりと言い切った黒いであろう言葉には、不思議と暖かい気持ちになれる。

自分でも思うよ。似あわないなぁって。
額がまるく見えてしまうくらい切ったのなんて生まれて初めてだもの。

「わ、笑ったぁ。」
「ふふ、あ、ごめん。」
「いや、そうじゃなくて…。」

照れたように頬をかくあなたが可愛すぎる。
そんなんだから陰で総受けなんて冗談で言われてしまうんだよ。俺も心底そう思うけど。
普通に会話してくれることが嬉しくて、でもどうしたんだろう。気分を害したんじゃなかったんだろうか。
あんなに嫌そうに顔をしかめていたのに。

「な、飯一緒食わねえ?」
「え。」

確かに今抱えているのはサンドイッチを詰めた籠だけれど。
先生から午前の解散の合図を聞いて、いつも通り誰もいない廊下の隅で空腹を満たそうと思っていたところだったけれども。

「嫌か?」
「えっ、嫌なんてそんな。でも誰か待ってるんじゃ…。」

彼には俺と違って仲間がいる。しかも、その仲間たちは彼と食事がしたいが故に毎度ダイスを振ったり、じゃんけんをしたり。
そうして一週間のあなたの予定を勝手に決めてしまっているだろうに。そのことをまさか知らないわけではないだろう。
嫌がりもせず、いつもの笑顔で腹減ったなーなんて言いながらきっちり付き合ってやっているのだから。

「今日はおまえの番なの。二人でな。私を独り占めできるなんてなかなかないぜー?」

良くも悪くも彼は謙遜しない。
俺が断るなんて微塵も信じちゃいない。いやそんなこともちろん絶対しないけど。
周囲の反応もきちんと観察して、それぞれに見合った対応をしているのだろう。そうでなければあんなに人は付いてこない。
ただそれは、仲間たちの俺に対する評価も耳に入っているのとイコールで結ばれてしまうわけで…。

「え、と。俺なんかでよければ。」
「決まりだな。」

理由なんて気まぐれや興味本位でしかないのだろうが、純粋に嬉しかった。
後で何を言われるかわかったものではないけれど。
彼が来いと言ってくれているんだ。こんな機会滅多とない。
楽しまなければ損じゃないか。

ニヤリと不敵に笑った彼について、俺も中庭へと飛び出した。


大聖堂の奥深い暗い廊下。壁際に追い詰められ、数人のプリーストに囲まれた状態で、俺はやれやれと肩を落とした。
目をつけられているのはわかっていた…というかつけられない方がおかしい。

『今日はタコさんにしたんだぜ。』
『私の作った卵焼きが食えねえってのか!』
『な、うまい? うまい?』

自分の手料理をぐりぐり押しつけて感想をねだる彼はとても可愛かった。
一日で終わるのだと覚悟していた俺の予想に反し、その後一日と欠かすことなく隣で昼食を取る彼に一体何事かと焦ったものだ。
そりゃー取り巻きには恨まれて当然。
五日もよく我慢したな、と褒めてやりたいくらいだ。

「イチさんから離れろ。」

なんてお約束な台詞なのだろう。
俺を否定するのは構わない。俺自身も俺自身があまり好きではないからなおのこと。
ただ、あなたたちは、彼が大事で大切でたまらないんだろう。ではなぜ、彼の意に反することを平気でしようと言うのか。

あんなに楽しそうに俺を誘う彼の真意はわからない。
ただ、そうしたいと思っているからこそ、そうしているわけで。
自惚れているわけではなくて、俺は嬉しそうな彼を見ていたいだけ。
一見周りに縛られているばかりに見えるけれど、嫌だと思うことは嫌ときっぱり言える彼だから。
彼の意思を尊重したい。そうして笑っていてくれたらいいんだ。
俺と食事をしたいのならすればいいし、俺を嫌って馬鹿にすれば心が晴れるのならすればいい。
のびのび生きて、自由に振舞う彼が好きだから。彼を遮ったり、ダメだと押さえつけようなんて考えたこともない。

だからあなたたちの気持ちが心底わからない。
俺から離れるも離れないもそれは彼の勝手だろうと。
俺が決めていいことではなくて、彼が指示をすることだろうと。
取り巻きのくせにそんなこともわからないのか。

「それが彼の意思ならば従います。」
「イチに何をした、何を言った。好きだとでもほざいたのか?」
「は?」

そりゃまあ心の底でいつも愛していると叫んではいるけれど。
それを表に出したから何だと言うのか。
先生の下を卒業するまで、できれば荒波を立てたくはなかった。
でもこれは…戦わねばならない…か。
面倒くせえ。
ずっと恋する乙女でいたかった。それも木の陰からこっそり見守る親衛隊のようなポジションでよかったのに…。

「何このお約束。」

あぁ心の代弁者が現れた。
そう言えばそろそろ昼食の時間だな。

「イチ!」
「私と食事ができねーくれえで大人げなくね?」

俺もそう思います。

「ミル、今日はハンバーグだぞ。」
「今日も中庭?」

背の高い仲間たちの間をするりと抜けて俺の前にしゃがむ彼。
それにいつも通り返し、立ち上がろうと手を両側について力を入れる。
ただそれに自分の手を重ね合わせ、じいと覗きこんでくる存在がいるものだから。
動けなくなってしまった。

「ミル、キスしようか。」
「脈絡なさすぎ。」

うーと口を尖らせて迫ってくる。
断る理由も…取り巻きたちが驚いてこちらを凝視してる、くらいしか思いつかなかったので、素直に目を閉じる。
ちゅっと触れて離れていった、正真正銘俺のファーストキス。味わう余裕は実はなかった。
すぐに目をあけるとアップの彼が微笑む。
ご機嫌そうだな。よかったよかった。

「イチ…おまえ…。」
「うるせーな、おまえらいなかったら大人のキスしてやるのに。」

職場でそれはどうかと思う。
息を飲む仲間たちの反応が正常なんだろう。
俺はなぜ想い人からの公開キスを受けて、冷静でいられるんだろう。
彼がとても軽い雰囲気で笑っているからだろうか。

「ミルク。好きだ。付き合おうぜ。」
「喜んで。」

なぜあなたが俺なんかと…思ったけど、そんなこと、口には出さない。
そう彼が望むなら。それがすべてなんだ。
ならば俺は素直に従うまで。

「何がどうなって…。」
「いい具合におまえらとミルだけになってくれてよかったよ。さすがの私でも先生の前で告白はできねえ。」
「なんだよ。わけわかんねえ…。」
「イチさん…ちゃんと説明してくれよ。」
「だぁから。」

嫌々したみたいな返事のあと、くるりとこちらに向き直る。
腰に手が回って、もう一度顔を近づけられる。
咄嗟に目を閉じたら、やはり唇にキスが降ってきた。
さっきより、少しだけ長い。

「おまえらまずはお友達から始めろっつったろ。」

好きだ好きだと目で声で訴え続けていた取り巻きたちには酷な瞬間だっただろうな。
まさか彼に恋愛相談される日がこようとは。
…自分たちの中の誰かが相手だと思ったんだろうか。

「好きなやつって、やっぱミルクだったのかよ。」
「え、俺らわかんなかったし…。」
「お得意の手料理でメロメロにして、告白して、それから提案しろとも言ったろ。」

提案?
両手を広げた彼がそのまますっぽり俺の頭を抱き抱えた。
脳内はわりとパニックだったが、それが表に出ない性質で本当によかった。
背中に軽く縋りつく。

「はぁもう何この色。短く切っちまうし…。私のために早く伸びて。そしたら元のに戻るだろ、って言いたかった。」

切ったばかりでちくちく痛いであろう髪を頭を撫で、溜息をつく。

「元って…。」
「雪色。さらさらでさー。もう撫でたくてたまんねーって思ってたのに、急に変えやがって。」

ぶつぶつ言いながら、額に頬を擦り寄せてくる。
…雪色なんて、初めて言われた。そんな綺麗な響きがあてはまる色ではないと思うんだけど。

「髪かい! そんなら俺らだって染めるし!」
「天然モノにゃ敵わねえだろ。諦めろ。」

俺は魚介類かなんかですか。

「それにおまえらミルのこと、ミルの髪色のこと、嫌ってただろ。」
「なっ…それは違っ…。」
「私、すっげー嬉しかった。」

俺が嫌われていることが?
俺の髪色が嫌われていることが?

「もう世界で私だけがミルを愛してればいいと思う。ミルも私だけを愛してればいい。」

傍から聞いたらわがままの塊でしかないけど。
なぜだろう。惚れた弱みか。いや違うな。彼の台詞だからこそ、すんなり受け止められる。
唇だけで言葉を形作った。
俺だって、世界であなただけを愛してる。

「ミルなあもういいから。大人のキスしよう。寮戻ってえっちしよう。突っ込みてえ。我慢できねえ。」
「そこは我慢してくれ…。」

取り巻きたちががっくり肩を落とし、次々と廊下に膝をつく。
その存在を無視して、彼は俺の顔中にキスを降らせてくる。
やっぱり攻めたいのかこの人は。

「総受けの名が聞いて呆れる。」
「いや私は受けじゃねえ。」
「どっからどう見ても受けだろ。」

俺もそう思います。
…パートつう。
いやまぁ彼がしたいなら、俺はどっちでもかまわない。

「ミル、髪伸びるの早い方?」
「おまえがミルって呼ぶな。」
「スケベだとはたまに言われます。」
「なんだどうした?」

なんだか急にフレンドリーになって、横から髪を触られているなぁと思ったらこれだ。
彼もだが仲間たちも、俺に触れて気持ち悪くはないんだろうか。
髪色が違う所為かな? でも彼は戻せと言うし…。
許されるならこのままがいいんだけども。
薄紅色の、彼と同じ、色だから。
四方八方から伸びてきた手をしっしと彼が払う。

「だってよ、ここ白くなり始めてね?」
「あ?」

途端生え際に集まる視線。
自分では見えないから瞬きをするしかないけれど。
それが事実だとしたら、そんなに近づくと気味が悪いのではないのだろうか。
つんつんと、頭皮をなでられる感触がする。誰の指かはわからないけど、くすぐったい。

「いちごみるく、みてえ…。」

誰かが、ぽつりと呟いた。
それから、しばしの沈黙。
……。
なんだ?

「…おまえ頭いいな!」

上機嫌に笑った彼は、やっぱりとても可愛らしい。


光の差し込む廊下を歩く。
少し前を行く恋人を見つけて、足早に駆け寄る。

「イチゴ。」
「ミルか。おはおうおー。あーねみぃ。」

少し伸びてきた前髪を避けながら、こめかみに軽いキスが落ちてくる。
眠いのは昨日はりきりすぎたからだろうと思うよ。
あーもー私幸せすぎる! って、俺のベッドの上で何回叫んだだろうね。

「はよーす。イチミル!」

そう口々に挨拶しつつ通り過ぎていく取り巻きたち。
皆それぞれぽんぽんと、なぜか俺の頭を撫でて走り去っていく。
なんでもいいけど、お笑いコンビみたいな呼び方だな…。

「うがーおまえら気安く私のミルに触るんじゃねー!」

当然のように聞いた。
俺が気持ち悪くないか。気味悪くないか。
甘えて擦り寄る彼も、彼の取り巻きたちも、当たり前のようにそう感じているだろうと思っていたから。

『さらさらじゃん。綺麗じゃん。何が気持ち悪いんだよ。おまえのナカは気持ちよかったぞ?』

ナカの具合は聞いてない。

『いや、なんか近寄りがたくてさ。ミル、ドライだしクールだし…。』
『でも美人だから気になって…。笑わねえのかなーとは思ったけど。気味悪いとか思うわけねえだろ。』
『でもイチがおまえのこと好きだって気付いてからは、ちょっと冷たくはした…それはすまん。』

クールなつもりはなかったけど、ドライな自覚は確かにあった。

「ミル、今日もすっげー愛してる。」

拍子抜けした。
両親親戚一同、鴉のように真っ黒で、突然変異で俺のような真っ白の髪の子どもが生まれたものだから。
ずっとそう教え込まれてきた。
生まれてきてはいけなかったのだと、おまえは気味の悪い縁起の悪い子だと。
それが自分に対する他人の評価であると信じて疑わなかった。
それが絶対で、揺るぎの無いものだと思い込まされていた。
唯一救ってくれたのが、先生だけだったけど。
それも己のすべてを否定して生きてきた俺にとっては、首を傾げるものでしかなくて。
この人は何を言っているのだろう。
この人だけが変わっているのだ。変なのだ。そう勝手に結論づけていた。

「ミル、返事は?」

すぐ傍まで顔を寄せ、ん、と小さな声と閉じた瞼でキスをねだる彼。
軽くそれに自分のそれを押し付けて、再度開かれた瞳を覗きこみながら、囁くように。

「今日も、これからもずっと、愛してる。」

俺にも、彼のように自然と微笑むことができる日が、くるのだろうか。



―終―


あとがき。

ここまでのお付き合い、ありがとうございます。
プリーストの頭を抱え込んで頬ずりするプリーストが書きたかった「いちごみるく」です。
楽しんでいただけましたでしょうか。

プリースト×ブラックスミス、レモンとラムネの二の舞です。
何がって名づけ方が…!orz 頭がピンクだからイチゴで、白だからミルクって安直過ぎた。
あ、でもイチゴは果物のアレではありません。
発音的には某少年漫画の主人公的なニュアンスでどうか一つ。

 
高菱まひる
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