甘熟甘懐。

続・レモネード~三日後

「……。」

無意識に数えた四日目の朝。
隣にあったはずの愛しい体温は、俺の予想通りで尚且つ期待をキレーに裏切る形で、その姿を消していた。


くそ暑いプロンテラの露店通り。
…から少しはずれた位置で座り込み太陽を睨みつける俺。
いつも全開だったシャツは、ほら、たまには使ってやらねえとスネるじゃん?
ってことで勝手にボタン感謝デー。上から下までびっちり閉じておりますのことよ。
あんまりにも使わなかったもんだから、ボタン穴の方がふさがりかけてたぜ。ってか処女だから硬いだけかー。…うん。なんかごめん。
ところでホワイトスミスってサスペンダーだよな。サスペンダーって熱こもったらどうなんの。火傷しない? やけど。
つかあれ型に焼けたりしねえの? ねえそれって今から転生するのが怖いんですけど。教えてホワイトスミスの強い人! もしくはホワイトスミスフェチな人!

「っとあー…。」

そこでなぜか脳内に登場あそばした相方様の無駄にキラキラ背後に薔薇でも背負ってそうな立ち絵。いやあいつはブラックスミスが好きなんだ。だから違うぞー違う。
いつも自信満々でごういんぐまいうえいで俺の胸の刺青がなぜかお気に入りだった相方兼恋人様。
あれ何で過去形なのって不安に思ってくださった皆さまありがとう。そんな人いらっさるのかしらねえが。
だってさ、今日…四日目なんだよ。
一日目から、今日ってー日がくるのが実はすげえ怖かった。
もういっそ四日目なんかスルーして五日目の俺になりたかったくらい。四日目なんか死んじゃえって可愛らしく呪いかけちゃいたかったくらい。
だってさ、皆さん覚えておいでです? あの方。

本気の恋愛が 三 日 し か も た な い 男 なんですよ。

いやいやいやいやだって俺ら何年相方やってるよ。ノビっこ時代からずっと一緒だよ。
商人やアコになったのだって、ブラックスミスやプリーストになったのだって、同時だよ。それぞれ街違うからそれぞれ駆け付けたよ。
その後お約束のように酔い潰れて、同じベッドで眠ったことすらあるよ! ここ三日間は毎日添い寝だよ!
俺は俺はだから特別だって! だってそんなで飽きるならとっくに相方自体解消されててもおかしくないわけで!
って俺はこの三日の間ずっと自身を励ましてきたわけだ。ラムネあなたなら大丈夫。アタシが保証するっておまえだれだよ。

そーれーがーこの様ですよ!!

「レモンのあほばかくそけつ。」

ヤンキーみたいに座りこんでお天道様を睨んでいた目を股の間に落とす。
ちっさい声で呟いたら、見つめていた地面にぽつりぽつりと雨粒が模様を描き始めた。
このままだと全身びっしょり濡れ鼠だなーはは。水も滴るいい男ーってか。いやでも髪も頭も待てど暮らせど濡れてこねーんだけど。どゆこと?

三日間、起きればヤツは隣にいた。ニヤニヤ嬉しそうに笑いながら、朝っぱらからディープなちゅーで一日が始まった。
いや、今だってパーティーにはちゃんといるんだぜ。友録だって消えたわけじゃねえの。
現在地もわかるし、この分だと耳打ちもたぶん拒否はされてねえ。
ただ、朝会ってないだけ。それだけなんだがな。

ふはは。なんでこー不安になるんだろうな。どんだけ乙女なの俺。
大聖堂とかプロンテラ室内とか、ちらちら移動してるのが見えるわけだ。
だったらさ、ほらレモンさん見た目チャラチャラしてっけど、仕事だ来いって言われたらホイホイ大聖堂とか行くタイプなわけで。
朝っぱらから呼ばれたのかもしれねーじゃん。
俺があんまりにも気持ちよさそーに眠ってっから。だから起こさずに行っちゃっただけかもしれねーじゃん。
そうそう! それがたまたま四日目だったんだって。レモンだって意識せずにやってるんだって。
だから泣いてんじゃねーって。
ガキじゃねーんだから…よ……。

ヒールクリップだって、聖斧だって、持ってる。
だって俺高レベルだし。それなりに金だってあるから、そういう装備くらい揃えてんの。
目の前でやると怒るから。プリ様の前で自ヒールとか喧嘩売ってんだろおまえって鈍器かついで睨んでくっから。
ほっとんど使ってねーけど。一応持ってんの。
だからさ、だから、露店開くために街中まで歩いてきて、こんな前ぴっちり閉めてる必要だってねーの。
自力で消しゃーいいんだから。バレたら自分でやったのかって不機嫌になると思うけど。
もっかいつけられたいんですねーラムネんったら淫乱ーきゃーとか言われるだろーけど。

もう二度と、この肌に触れてくれなかったらどうしようって。
昨日レモンとかわした行為を思い出にしたくなくて。
たかがキスマークを、ただの一つも消す勇気が湧いてこないなんて。

「今日は抱かれてやらねー。」

呟く間にどんどん地面が濡れていく。

「ぜってえ拒否ってやる。」

今日会えるかもわかんねーのに、呟かずにはいられない。

「その上浮気もしちゃうかんな。」

できもしないのに、虚勢を張る。

ゴシゴシ目許をこする。
同時に慣れた体温が後ろから腕を伸ばしてきて巻きついてきた。
カートはその場に置き去りにされて、ずりずり裏道まで引きずられて行く。
抵抗なんか…できるか。ばかやろ。
四日目の俺なんかレモンなんか今すぐ死んじゃえ。

ご機嫌よさげ。鼻歌歌いながらぽちぽちボタンが外される。
涙が浮かんだその目許を隠すのも馬鹿らしくなって、こめかみのあたりにある唇を見上げる。
ちゅーしたい。

「なんで閉めてんだよ…ってあら。」
「どこ行ってた。」
「仕事仕事。なにラムネちゃんさみしかったのー。俺に捨てられたと思ったのー。」
「うっせ。触んなばーかばーか。」
「おまえこそうっせえわ。ここでしゃぶるぞ。」
「っ…!」

右肩を露出させられ、そこに歯を立てられた。
思ったよりだいぶ痛くて、ためこんでいた涙が溢れ出た。
でも左手は対照的。ゆっくり確かめるみてえに、優しく刺青を撫でてくる。
くすぐったい。

「レモ…。」
「んな可愛い泣き顔で露店すんなっての。」
「かわ!?」

いや今はおまえの所為でやらしー顔してっかもしんねえけど!
露店中はポーカーフェイスだろ。商人の基本だぜ。なめてもらっちゃ困るんだぜ。いやだからそんな大々的に泣いてないって!
思わず預けていた背中を奪還して正面からレモンを見る。睨む。
ベッドの上なら百歩譲ろう。ってかそんな余裕いつもねえからここで反論させていただけるならしたいが!
るんるん頭上に音符マーク飛ばしながら俺剥いてる時のレモンさんのが百倍可愛いってばよ。
えろーいだのがちがちーだの余裕ぶっちゃいるが、おまえだって相当フェロモン撒き散らしてますから!

「何が不安だ?」

静かにレモンが口を開いた。
俺の心を見透かしているみたいに。

「…レモンが男前だから悔しい。」
「確かに俺は外見も中身も素晴らしく男前だ。」

バレちまってんなら…と、正直に言った。
今更隠すもんでもねえ。付き合う前だって、口で喧嘩、拳で喧嘩は当たり前だったんだから。向こうが聞いてやろうって態度の時に言いたいことは吐き出しておくべきだ。

「釣り合わねえから悔しい。」

からかうみたいに細められていた目が真ん丸になる。
だっておまえ三日しか持たなかったじゃん。
三日以上続いた恋人なんか、俺が知る限り誰一人として存在してないじゃん。
俺は相方だから、長年傍にいたからって、そいつらとはちょっと違うんじゃないかって思ってた。
でも同時に、大して秀でた部分があるわけでもねえ俺にこだわる理由も何一つとしてないから。だから俺だって歴代の彼女たちと一緒で三日もすればぽいと捨てられてしまうに違いないって思ってた。
どっちかでしかないんだ。どっちもありえそうでなさそうだ。
俺には予想することしかできない。答えを出すのはレモン自身。レモンの気まぐれで決まる。レモンにしか未来は見えない。ただそれに黙って従うしかないんだ。
だって…俺ら…どこをどう見たって、釣り合わねえんだからよ…。

「別に釣り合う必要なくね?」

不思議そうにレモンが言う。
途端、俺の方はしばし時が止まる。

「……あぁ、いやまぁ…おまえはそうだろうよ…。」

今度は俺が目を丸める番だった。
それからがっくし項垂れた。
きょとんとするレモンを見、それからはぁと溜息をつく。
そうだそうだそうだったー。こいつ根っからの自分大好き人間だったー。
たまに思うもん。俺レモンくらいイイ男だったら、相方にはしてもらえなかっただろーなーって。
俺が二重でおめめぱっちりで目つきが悪くなくて口がへの字に曲がってなけりゃー、傍にいられなかっただろうなーって思うもん。
ようは自分が一番でいたいわけだ。
俺は引き立て役。たぶんそう思ってるに違いねえ。
あーなんか。
悩んでるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

「おまえが俺くらい男前だったら、モテるじゃん?」
「ああうんそうだねー。」
「ヘタしたら俺よりモテるかもしれねえ。」
「そっかそっか。そーですねー。」

もう俺の中でゴールは見えた。つかゴールした。
だからいいよもうわかったからさー。
誰かこのプリ様の口塞いでーうっさいわもー俺何に怯えてたんだかーあほくさー。
一応ちゃんとわかってたつもりだったけど、改めて事実として突き付けられるとしんどいなこれもう。
レモンが俺を選んだ理由って本当にそれしかなかったのかよ。
ちょっと期待してた俺が馬鹿みてーじゃない。
ちょっと本気で惚れてくれたのかなって。ノーマルな相方様をそっちの道に目覚めさせちゃったんだから、俺ってばちょっと魅力的なんじゃないのーって自惚れてたのが阿呆らしいじゃない。
俺のイイトコロって、不細工で狩りの相性がよくて、ボケてツッコミ入れて、んでもって刺青入ってるところだったてのか。
そんなん五万といねえ? あ、いや、ボケてツッコンデはその中でも俺が一番うまい自信はあるけどよ!
あとあと、狩りの最中の呼吸の合わせ方だって、誰にも負けない自信あっけどよ?

「おまえは俺だけ見てればいいの。」

ってそんなの相方のまんまでいいじゃん。
何抱いてって言ったから、これ拒否ったら相方やめなきゃじゃね!? って柄にもなく焦っちゃったわけ?
あらやだなにそれ可愛いじゃない。
もう可愛くって頭なでくりしちゃいたいじゃない。遠い目しながら。うふふって無表情で台詞だけ笑いながら。

「…あぁ?」

んでもあれ。
少し真剣な顔をして、それでもレモンはとろけるくらいの笑顔で、こちらを見つめている。
……なんだかふざけてる様子ではない。
な、なんだ?
レモンが…真面目な話?

「釣り合う釣り合わねーは他人からの評価だろ。そんなん俺はどーでもいい。」
「え…あぁ、うん…。」

先ほど俺が取った距離分、今度は向こうからすっと近づいてくる。
当たり前のように腰に腕がまわり、レモンの形のいい唇が俺のそれと触れ合うかどうかのところで笑みを作る。
近い。
吐息が…甘ったるい。

「他人の意見聞く余裕があんなら、俺の美声聞いてろ。他人としゃべる暇あんなら、俺の下で喘いでろ。」
「あ、え!?」
「言ったろ。」

あれあれなんだか予想していた展開と三百六十度違う!
いやいやそうじゃない。それなら一周まわって一緒だ。三百七十八度くらい違う!
いやいやそれなら逆回転すれば近道だったんじゃね。わざわざ遠回りしてじれったいから五百四十度くらい違う!
うふふ俺ちょう動揺してる。商人の端くれなんだから数字には強いはずなのに、今本気で指折り数えた。ええい脳内ソロバンどこ行った!?

「もう離す気、ねえって。」

どうしよう。ダメ。
レモンさんその顔反則。どきどきとまんねえ。
俺今口開いたらめろめろどっきゅんで口から心臓出せる。
なによ見たいの? しょうがないなぁ。戻すの大変だから一回にしてくれよ?
しかもちょい離してくんねえとおまえに当たるぞー。それはさすがにグロいから勘弁な!

「んッ…。」

って現実逃避してもダメ。目をそらすの許してくれない。
ダメだって。本気でヤバイ。
俺、このままだと、相方様に萌え殺される。

「食ってい?」
「なっ! おま…。」

視界が、ニヤリと笑った男前で覆い尽くされる。
押し付けられた壁は冷たかったけど。

昨晩ぶりの優しいキスは…。
甘くて、激しくて、温かかった。



―終―


あとがき。

ここまでのお付き合い、ありがとうございます。
三日経とうが三ヶ月経とうがコイツらは何も変わりませんってことで「レモネード」の続編です。
楽しんでいただけましたでしょうか。

私は受にぐるぐる悩ませるのが好きなようで、このままだと脳内暴走族ばかりになりそうでこわひ…! 一応某ハンターより某ブラックスミスの方がようしゃべります。言いたいことがっつんがっつん言い合えるのは相方の特権ですな。
前回同様萌えポイントがどこにあるのか自分でもようわかりませんが、楽しんでいただけましたら幸いです!

 
高菱まひる
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