甘熟甘懐。

ホワイトデー2012(1/2)

おはようございます。
朝からご機嫌なラムネです。

そわそわと落ちつかなくて、何となくプロンテラの石畳と商品の一辺とが平行になるよう陳列を見直す。
わずかにズレたそこをごそごそと動かし、あーでもないこーでもないと向きを変えたりもしてみる。
何秒かに一回の確率で独りでに持ち上がる口角を誤魔化すため、咳払いなんかしちゃったりなんかして。
あーダメだ。自分の中だけでは上手く消化しきれない。
…と、言うわけで、ちょいと聞いてくれますかい?
すぐ済むと思うんだけれど。
悪いね。

「ふんふふーん。」

今日ってばホワイトなデイじゃないですかぁ?
バレンでタインなデイに好きな子に告白しちゃった女子的には一年でもっとも楽しみでぇ、二番目に緊張する日じゃないですかぁ?
あわよくば掛ける三の愛をぉ、プレゼントふぉーゆーされちゃったりしないかなーって期待する日なわけじゃないですかぁ?

だからですね?

俺にとっても例に漏れず、うきうきわくわくどっきんこデイなわけなんですよ!
イエスかノーか。その返事はとっくの昔にもらっ…もら…もらったはずなんですけど、やっぱり今日という日はどうしてもね!!
大丈夫大丈夫と前々日から、壊れたラジオのように何度も同じ言葉を自分に言い聞かせ、乙女のように胸を高鳴らせている次第ですよ。

おいこらどこが乙女だよオッサンとオニイサンの間をさ迷う中途半端な男子はすっこんでろ。
今、そう突っ込まれました?
いえ、ケツにではなく、二の腕の辺りをバチコーンと叩いてもらって。そうそう。裏拳でね、角度は四十五度辺りで。
ここらはテストにも出ますのでね。基本中の基本なのでね。怠らないように。
そんな感じでしっかり突っ込んでもらったと仮定しておいてからの、今の俺には痛くもかゆくもないのだ!
…フフ、決まった。
なんたって今俺ってばちょうご機嫌ですからね!

え、なんでかって? 何がどうしてそうなった、ですって?
うえっへっへ。野暮なこと聞くない! レモンさんのおかげに決まってらぁ!
えっ、詳しく聞きたい? 聞いちゃうの? そこ聞いちゃいます?
どぅえっへっへっへ。
もお…しょうがねえなぁ。ちょっとだけだかんな?

……すいませんすいません。
くだらねえこと言ってないで、さくっと次行かせてもらいますね。

『喜べ。でけえだろ。』

顎上げて見下しのポーズを決め、寝起きで頭がろくに回転してない俺の膝にぽんと荷物を放るレモンさん。
だんだん覚醒してきて日付も思い出して。
渡された物を恐る恐る持ち上げたら、二つある目ン玉の両方から星がこぼれ落ちた。
何回もそれと相方様とを交互に見比べ、ニタァと嫌な笑みにシフトしつつあるレモンを見つけてやっと一本に繋がった。

これは!
もしかしなくても!
白い日の!
お返しきゃんで!!

『うっ…あぁ…あ、あああおあぅうえぇえい!?』
『ア行全部言ったろ、今。』

いとおが若干少なかったけどね。言ったね確実に。

『レッ…レモ…レ…。』
『泣くのは勝手だが、泣き止むのも勝手にしろよ?』

もはや人間の理解できる言葉を発せなくなった俺を、びっくりするくらい綺麗に微笑んだレモンが見てる。
世界に俺とレモンしかいない。
古びた宿屋が……あ、すいやせんおばちゃん。住み良い味のある宿が、一面お花畑に改築されていった。
もう泣くなって方が無理だろ! それ以外俺にどうしろって言うの! ぱああああって効果音付きで眩しい笑顔ってヤツになっても俺じゃ可愛くねえしよ!

せっかくもらったアソートパックを放り投げて、涙と鼻水でぐちょぐちょの顔して胸に飛び込んだわ!
きたねーなって文句垂れつつも背中さすってくれちゃったりなんかして、どおしたの相方様なんか今日優しくね!?
縋ったまんましばらく泣いたわ。ひっさしぶりに滝のように盛大涙流したわ。
体中の水分出尽くしたわ。もうそれで干からびて死んでも未練とかないわ。
俺ってば世界一のしああせものー!

『あぁんレモンさん愛してるー!!』
『オープンで誤爆しとけ。』

思い出しただけで顔がニヤける。離れている今が大変もどかしい。
パーティーチャットで叫んでも足りない。直接言いたい吠えたい!!
なんで今一緒にいねえの!? 俺ら!

人通りがまばらな環境をありがたく思いながら、我慢できなくて顔を両手で覆う。
かさかさのでかい手を何度も頬に擦りつけ、ほとんど剥き出しの額を辿って、短く硬い髪を頭頂部からうなじへと撫で下ろす。
後ろ首の辺りで指をからませ、うーんうーんと唸って、それでもどうしようもなくなって、放り出していたケイタイを拾い直した。

『もう露店やだぁ。』
『ラストスパートだっつって、おまえが言ったんだろうが。』

聖なるバリトンが若干弾んでる。すげえご機嫌だぁ。顔見てえ…ちょう拝みてえ…。
確かに俺が宣言したんだけどさぁ! 昨日まではまさか今朝あんな感動するとは思わなくって、一応商人の端くれとしてはがんばっておくかーと思ってさぁ!! 毎年そうだったしさぁ!

でもよく考えなくても恋人のためにあるような日じゃんね今日ってば…。
何があろうとも相方のそばにいるべき日じゃん?
上機嫌で「他の子にも渡してくるんだろ。行ってこいよ。」なぁんて送りだしてる場合じゃないわけじゃん?
ばっちんことウインク飛ばしながら、白い歯でニィっと笑ってる場合じゃないわけじゃん!? 親指おっ立ててる時でもねえわけじゃん!?
ちっと余裕ぶっこきすぎた。今頃レモンさんてば、お返し渡した上にファンの女どもに愛想振りまきまくってる頃じゃねえの…。
ううあああああそんなのダメだろおおおおお!!
俺のレモン! 俺のレモンさんなのおおおそれはああああ!!

こんなことなら大口叩かなきゃよかった。一緒にいたいのって甘えてみればよかった。多少キモくても。
…いやキモいのはあれか。

『おまえ…浮気したら化けて出てやっからなぁ…。』
『あぁ? 化けて出る前に死ななきゃじゃん。何自殺すんの。』

甘ったるさをわざと匂わせていたような声音から、大さじ五杯分くらいの砂糖が蒸発した。
未だ面白いものを見つけた後のように機嫌よさげに返答は寄越してくるが、これは明らかに糖度が下降している。
ああん、なんかレモンが冷たくなったよおおお!
「なんだってラムネ頼むから死んでくれるなぁ!」とかさ!「バカヤロウ浮気なんかしねえよ…。」とかさ! ノッてくれてもよろしくね!? 俺ら相方じゃんね!? いやそのお笑いコンビみたいな意味ではなくて!
今朝はあんなに熱く抱き合ってくれたのにさぁ! 出血死すんじゃねえの、俺が、ってくれえ大サービスだったくせにさぁ!?
あの頃のレモンを返してくれよー! 鼻血まみれの俺でも愛して!!

ここが露店通りでなかったら、ゴロゴロしてた。
石畳の上をとりあえずどこまで転がれるか! とか真顔でチャレンジしてた。
大聖堂までとりあえずそのままの状態で行けないかしら! とかくそ真面目に挑戦しかけてた。
ちらほら増えてきた、客になってくれるかも知れない冒険者を前に、慌ててポーカーフェイススイッチをぽちっとなする。
まぁここへ座れば自然と無になれるのが商人というものですけれども。
脳内くらいは許されるんじゃなくって? ようはそれを表に出さなきゃいいんだよ!

あーもうくっそくっそ! 何なのよ。なんかイイ仲のおなごでもできたわけ?
汗水たらして働いてるコイビト差し置いて、楽しくおしゃべりなんかしちゃってるわけ?
うおおお殴りこみにいきてえ!
それ俺のレモンなんだってば! 返せえええええ!!

『あーもー鼻息うるせー。』

鼻白んだ様子のレモンにぎょっとして息を止める。
えっとこれは、これはこの話題に若干飽きてきたってことなのか? そうなのか!?
えええ何それショックー!! 地団駄踏みたい。
そんなのでココロの傷は癒えないけれど、はんかちギリギリしたい!

『れもおおおおん!!』
『おまえ露店しながら泣くなよ、面倒くせえから。』

いやいやだから表面上は何でもない感じで見えてますって! 泣いてるだなんて言いがかりはやめて!
全く失礼しちゃうわね! こんなところじゃさすがに泣かないわよ! 傍に拭ってくれる体温がいなきゃ無駄になるだけじゃない! そんなもったいない!!
しかもその上面倒くせえですって!?
ひどいって! あんまりじゃなくって!?
可愛い彼氏がこうして寂しがっているってのに!! 一回くらいお顔お出しなさいよ!!
それか優しいお言葉の一つもくださいませよ!! ほんとに俺泣いちゃうよ!?
今じゃなくて帰ってからだがな! おまえの腕の中でわんわんうっとおしいくらいにな!
泣いてやっからな!! ハハハざまあみろ!

『え、何が?』

油断しきったような相槌が聞こえてきた。
会話の流れからして、今は俺のターンのはずだ。さぁてなんて言い返してやろうかと逡巡していたところに、この台詞。
大方オープン仕様のそれを、うっかりパーティーの方に誤爆したんだろう。『あー…。』とバツの悪そうな声が漏れ聞こえる。
どぅあああううう今何してんだよおまええええ! 気になるだろー!!
ちゃんと返事は返ってくるから、どこぞの馬のボーンといちゃこらはしてないと思いたいけど…。

「らぁむねん。」

ったく、うっかり誤爆しちゃうレモンたんかわい☆ とかきゃるんとしてる場合じゃなかったわ。

「おーい。無視かよー。」

このまま何もないとは限らない。から、このままずっとしゃべりかけてやる。

「らぁむねちゅあーん。」

あんたらの好きにはさせないぜ!?
レモンは俺に夢中なんだかんな!

「やーいでこでこ、つるっぱげー。」
「あぁもうなんだよさっきからうるせえな!」

…と、あ…、うん?

「おいおい客にうるせえなはねえだろ。」

それを言うなら店主につるっぱげはねえだろ。
この髪型はイコールハゲじゃねえんだよ!
俺を含む全国のでこさんに土下座して謝れ! そしておまえもでこになれ!!

「いよう。」

ケイタイに夢中で気付かなかった。
露店中にレモン以外から名を呼ばれると言う、ありそうでなかなかないシチュエーションに吃驚してぽかんと見上げた先。
長身のナイトがでかい剣を腰からぶら下げ、気安げに片手を上げていた。
おうふ忘れてた。普通に今仕事中だった。

『悪いレモン。客きた。』
『ん。』

すぐかけ直すから! 早口で言い終えた台詞は無情にもレモンには届かなかった。
ああん。何の躊躇いもなくぶっちり切れやがってくれちゃったわ。
まぁこっちが露店中なのはわかってるから当たり前なんだけども。
でもその潔さが怪しい! 怪しいいいい!
…あーもー……。
疑い出したらキリがねえなぁ…。

あ、そうだ。接客しねえと。またトリップしてたよ俺。

「あー…と。おまえ、生きてたのか。」
「勝手に殺さないでくださーい。仕事忙しかったんだよ。」

ごめんだって久しぶり過ぎてさ! どっかで上手くやってるかなーとは思ってたけど。
えーと、んでもって、上の空での適当返答だった以外に謝ることがもう一つ!
ごめん! どうしよ。おまえ…誰だっけ?
名前…名前が出てこねえ!! 頭文字も最後の文字も、全くこれっぽっちも浮かんでこねえ!

確かに昔よくつるんだし、飯も食い行ったし、飲みにも行った。狩りも行ったはずだ。それも結構頻繁に。
んでもってその、あの…。
何回か、ヤった覚えもあるわけなんだが…。
あああごめん! 最低だな俺!!
でも、でも微塵も思い出せねえ! なぜだ!! なぜ出てこない!!
ええとほんと誰だっけ、コイツ…。

「相変わらず真面目だなぁ。」

幸い名前以外はちゃんと思い出せているので会話は繋げられるんだが。
んーあーおー…。
…ダメだ。ぱっと閃かない。
ようし。申し訳ないけど、出てくるまでナイト男と呼ばせてもらおう。もちろん脳内でだけですけど!
読み方はナイトオね。
別にギャグじゃねえよ。ギャグでもいーけど。

「腐ってもナイトですから。…そんなことよりおまえはナニしてんだよ。」
「ナニっておまえ、今日はホワイトな日だろ。露店せずして商人がつとまるかってんでい!」

さっき投げ出そうとしましたけど。
そんなのコイツには知られていないので黙っていればいいんです。

なんか理解が深くてありがたい気もするんだけど、俺のダチって俺のこと商人だと思ってないくさい。
たまに狩り行っても、さぁ清算って時になって「知り合いの商人呼んでくるわー。」とか言われるんだぜ。どういうことなの。
いや、俺オーバーチャージカンストしてますから! むしろそれを取らずして何を取るよブラックスミス!!
ばっさり切ってるヤツもいるらしいけどさ。
俺にはそうやって浮いたスキルポイントを有効活用する術がねえのよ。

「や、まぁそれはわかってっけど。相方様はいねえのかよ。ホワイトな日なんだろ。愛しの彼といちゃつかずして恋人がつとまんのか?」

おっ? 久しぶりな割にその辺りよっくご存知で。
ふふんそうよ。あの頃の俺にはなくって、今の俺にはあるもの。そ、れ、は!
ずばり彼氏!! 愛しのレモンたんとお付き合いを始めたんざますのよー!
あーやっべ顔がニヤけそうー!!
ふふふ。ダメよ、ダメ。コイツが独りモンだったらカワイソウだろう?
全く仕方がねえなぁ。いつの間にか切れていたポーカーフェイスをもっかいはっつどう!
露店商人の必須スキルだぜ。でもこれ持続時間そんな短かったかなー??

あぁでもさぁ…。今ちょっと落ち込んでんだよ、俺。そのカレシ絡みで。
今何してんのかなぁ…。コイツきた所為でパーティーチャット途絶えたままだぜ。
この間どっかのキレイな姉ちゃんが、体をくねらせながら擦り寄っているかと思うとたまんねえわけで…。
あああ満更でもねえレモンが容易に浮かぶ。
ダメだって! そんなでけえ胸押し当てたら! 腰くらいひょいと抱いちゃうかもしんねえだろ!!
無意識に俺と比較して、やわらけえとか思っちゃうかもしんねえだろ!! そんなの嫌あああああ!!!

「おまえ、それ、今の俺に禁句だかんね…。」

…ったく、バッドタイミングな上にタイムリーすぎんだろナイト男…。
どっかで見てたんじゃねえだろうな、こンのエッチ!

「それ以上ヌカすと、俺様の未精練ブラッドアックスが火を噴くぜ?」
「なんで叩かねえの。」
「売り物だからだよちくしょうめ!!」

会話のテンポが小気味いい。
相変わらずノリがわかってるなナイト男。全然変わってねえ。
ちょっと安心した。

二人して同じことを考えたらしい。目が合って同時に吹き出した。
そのまま見つめ合いつつニヤニヤしていたら、見計らったようにケツの後ろがぶぶぶっとする。

まぁこれはケイタイだわ! パーティーチャットだわ!
俺! 忘れられてなかった!
レモンさんが! 俺を! 構って! くれる!!
どうしたのかしらどうしたのかしら。俺が再度掛け直すまで待てなかったのかしら!! ふふふしょうがない子ねえ!
そーだな。客がナイト男ならまぁしばらくほっといてもいいからー…。
ようし、ラムネ出ちゃうぞー!

再度喋りだしかけた目の前の男を片手で制し、ケイタイを取り出したら察してくれたのか口が閉じた。
悪いな。俺は恋に生きる男なんだ許せ。
ほら、急用かもしんねえからさ。聞くだけ聞くわ。
ぐふふ。でも、そのまま二人の世界に入っちゃったらごめんあさーせ?

ったくこんなことで浮上できるんだから、俺ってばお安い男だぜ…。

『はいはぁい。』

ぴくぴく痙攣しながら持ち上がる口角を無理矢理上から押さえつけ、スリーコールで通話開始ボタンを押す。
だがちっとも隠せてねえな、声が弾んでるよラムネさぁん。
やだもぉはずかしっ!

『おうラムネ、ちっと同僚と飯ってくるぁ。』

………はえ?

弾んだ気持ちで耳へと押し当てたケイタイの向こうで、レモンの声はなんだかニヤついていた。
この先の俺の台詞をしっかり予想しているみたいな、何とも余裕たっぷりな声だった。

すすすっと、回りの景色が影っていく。
武器露店も、消耗品露店も、レア露店も、店主も客も。だんだんと闇に溶けていく。
今までやかましいくらいだった呼び込みの声が離れ、ぱくぱくと口許だけが言葉を形作っている。
耳が遠くなる。視界が狭くなる。
なんだ? どうした…? 俺…。

『まぁ? おまえがどーしても、っつーなら? 混ぜてやんねえこともねぇけどー?』

今日、オフなのに?
大聖堂に、何しに行った?
同僚にも、お返しやんの?
その中で、何人が、本命なの?
何人の本命が、今おまえの目の前にいんだよ?
何人の本命が、今おまえを誘ってるんだよ?
今日、一緒に昼飯行こうって、言ってたのに…。

「んぁ。どうした?」
『あ……え?』

女ばっか集まって、レモンが女に囲まれて、女相手にちやほやされて。
そんな中で、俺に、相方の顔してろ…って、そう言うわけ?

「ラムネ? ……なぁおまえ、まさか泣いてねえよな?」

…きょうほわいとでー…なのに…?

『……。』

完全に視界がグレーで覆い尽くされた。
ナイト男の怪訝な顔も、レモンの現在地だろう大聖堂も、カートも自分の手も全部、全部。

そうか、たまに聞く、あの。
世界が色あせてどうでもよくなっていく…あれか?
こんなこと、ほんとにあるんだ…なぁ?

『はいはーい了解しましたぁん、相方様。でも、浮気はしないでねん?』
『は?』
『可愛い子いてもお持ち帰りはダメですよ☆ お宿は二人の愛の巣なんだからねっ?』
『おい、ラムネ?』
「相方なんだって? …聞いてんのか? なぁおい、ラムネ!」

ぽつんと一人っきりになったはずの世界で、俺を呼ぶ声が二つ聞こえる。
目の前のダチが焦った顔してるのもわかるし、涙を拭ってくれてるのもわかる。
レモンが驚いてんのもわかるし、会話を続ける気なのもよくわかる。

でもごめん。
今の俺には、こうやって返すだけで…精一杯だった。
ともすれば上下の歯がぶつかり合い、硬い音がケイタイ越しに伝わりそうで。
毎時毎分毎秒余すところなく聞いていたかったはずのパーティーチャットを強引に終わらせる。

「そんなに気になるなら聞かしてやんよ。飯、食いに行こうぜ。」

震える手で取り落としそうになったケイタイ閉じて。
シートに並べてた売りものを適当にカートに放り込んだ。
ゆっくり立ち上がって、顔を上げる。
拍子に顎のところまで、しょっぱい液体が滑り落ちてきた。

「……わかった。それなら、うちに来いよ。」

酷く真剣な表情で柳眉を寄せたナイト男が踵を返す。
ポケットに手を突っ込んで、カートを転がしてその後に続いた。

はい。
ターゲット、ろっくおーん。

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